作品情報
| 邦題 | エル ELLE |
| 原題 | Elle |
| 公開年 | 2016 |
| 製作国 | フランス・ドイツ |
| 監督 | ポール・ヴァーホーヴェン |
| 主演 | イザベル・ユペール |
概要
映画『エル ELLE』は、ポール・バーホーベン監督、イザベル・ユペール主演による2016年のフランス・ドイツ合作映画である。主人公ミシェルはゲーム制作会社を率いる裕福な女性で、大量殺人犯の父を持つ過去を背負っている。物語は、ミシェルが自宅で覆面の男に性的暴行を受けるところから始まる。作品は2016年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門で上映された。
この映画は性的暴行を発端とした復讐映画としてはかなり特殊な位置にある作品である。ミシェルは自宅で覆面の男に襲われる。被害は重い。しかも相手は一度きりで終わらず、彼女の生活圏に入り込み続ける。題材だけ見れば、被害者が加害者を追い詰める復讐劇に見える。
しかし、この映画はそこへ進まない。ミシェルは警察に届けず、自分の周囲の男たちに疑いの目を向けながら、自ら犯人を捜し始める。彼女が警察に委ねない背景には、父が大量殺人犯であり、自分も長年「殺人鬼の娘」として世間の視線にさらされてきた事情がある。暴行を公にすれば、事件そのものとは別に、また父の件と結びつけて見られる。その警戒心が、彼女を私的な対処へ向かわせている。
さらにややこしいのは、やがて犯人が隣人のパトリックだと判明したあとも、ミシェルが単純な嫌悪だけで動いていないことである。彼女はパトリックに性的関心を持っており、正体を知ったあとも表向きの関係を切らない。事故のあとには彼を呼び、やがて暴力と欲望が混じった関係に自分から入っていく。ここで観客の理解は大きく揺れる。ミシェルは被害者である。だが、その後に選ぶ行動は、正当な報復という言葉では整理しにくい。
この映画でミシェルがやっているのは、犯人を討つことより、暴行のあとに失った主導権を自分のやり方で取り返そうとすることである。法に委ねず、きっぱり距離を切るわけでもなく、危険な関係の中で優位に立とうとする。だから本作は、復讐映画の形を借りながら、実際には支配関係のねじれを描く映画になっている。
映画として評価される理由ははっきりしている。まず構成である。父の過去の事件、息子ヴァンサンとの不安定な関係、元夫や隣人との距離、職場での軋みが、ばらばらに見えながら最後までミシェルという人物の輪郭を支えている。次に演出である。バーホーベンは、性的暴行の不快さを中心に置きながら、家庭内の滑稽さ、上流階級の空気、性的な駆け引きを同じ作品の中に入れる。しかも調子を崩さない。最後に演技である。イザベル・ユペールが、冷静さ、皮肉、傷、欲望を一つの人物の中に保ち続けることで、この扱いにくい主人公が最後まで映画の中心に立ち続ける。
ただし、映画としての完成度は、そのままリベンジ映画としての評価にはつながらない。被害は重い。相手も特定される。にもかかわらず、ミシェルの行動には観客が肩入れしにくい部分が多く、決着も自分の手で完了しない。この二点が、本作を復讐映画として見たときの大きな制約になる。本作はしばしばレイプ・リベンジものとして説明されるが、ミシェルは明確な復讐を求めているわけではないのである。
鑑定報告(Ver 1.3基準)
※採点基準の概要は「リベンジ映画鑑定要領 Ver1.3(概要)」をご覧ください。
| 1 不条理(被害者の無実性) | 5/5 |
| 2 喪失(奪われたものの重さ) | 3/5 |
| 3 被侮蔑(加害者からの見下し) | 4/5 |
| 4 標的(復讐対象の明確さ) | 4/5 |
| 5 敵の悪(情状酌量の余地) | 5/5 |
| 6 後味(結末のカタルシス) | 3/5 |
| 7 配役(復讐者の説得力) | 5/5 |
| 8 演技(感情の爆発度) | 5/5 |
| 9 演出(執行のスタイリッシュさ) | 5/5 |
| 10 伏線回収(因果応報の納得感) | 4/5 |
| 11 倫理の納得感(観客の同調率) | 1/5 |
| 12 敵の歯ごたえ(難易度と落差) | 3/5 |
| 基礎点合計(1〜12) | 47/60 |
基礎点の根拠
1 不条理:5/5
自宅での性的暴行という出発点に、ミシェル側の重大な落ち度はない。父の犯罪歴も、彼女の性格も、私生活の複雑さも、この被害を受けてよい理由にはならない。不条理度は高い。
2 喪失:3/5
命や家族を失う話ではない。ただ、身体の安全、自宅の安心、日常の秩序は壊れる。被害は軽くないが、全面的な崩壊までは行かないため3点とする。
3 被侮蔑:4/5
加害者はミシェルを自宅で襲い、その後も支配を試みる。相手を対等な人間として見ていないのは明らかである。ただ、露骨な言葉の侮辱や、長期にわたる人格破壊を積み上げる型ではない。
4 標的:4/5
対決の相手は最終的にパトリックという一人の男に絞られる。ただし、物語の前半では複数の男が疑いの対象として置かれ、怒りが最初から一つの顔に集中する作りではない。
5 敵の悪:5/5
自宅への侵入、性的暴行、継続的な接触、再犯の気配。これだけで十分に重い。後半で関係がねじれても、加害行為の悪質さそのものは消えない。
6 後味:3/5
ミシェルは生き残り、生活も完全には壊れない。だが、心の整理がついたとは言いにくく、救済の感触も薄い。終わり方に残るのは安堵より不穏さである。
7 配役:5/5
この役はイザベル・ユペールでなければ危うかった。冷たさ、強さ、傷、欲望、皮肉を同時に抱えた人物を、表情と立ち方だけで見せている。画面にいるだけで、この人物の複雑さが伝わる。
8 演技:5/5
ユペールはミシェルをわかりやすい人物にしない。説明も感情の整理もやりすぎない。それでも観客が彼女を見失わないのは、細かい視線や間の取り方で人物の重心を保っているからである。
9 演出:5/5
バーホーベンは、性的暴行の不快さを真正面から扱いながら、それだけの映画にしない。家族の会話には滑稽さがあり、職場には別の緊張があり、隣人との場面には倒錯した欲望がある。その複数の調子を一つの作品として保っている手腕は流石である。
10 伏線回収:4/5
父の事件、息子の未熟さ、隣人夫婦との距離、職場での人間関係が、終盤の対決やミシェルの選択に結びついていく。謎解きの快感を押し出す作品ではないが、前半の配置は後半できちんと効いてくる。
11 倫理の納得感:1/5
ここがもっとも厳しい。ミシェルへの同情は十分にある。だが、彼女は加害者を法や直接的な制裁へ向かわせず、自分から危険な関係を継続してしまう。被害者であることと、その後の行動の正当性がきれいに重ならないため、ここは最低点となる。
12 敵の歯ごたえ:3/5
パトリックは巨大な権力を持つ相手ではない。だが、正体を隠し、日常のすぐ隣に潜み、心理的に揺さぶってくる。物理的な強敵というより、対処のしにくい近距離の敵である。
13 執行精度(倍率): ×2
ミシェルは相手の正体に届き、主導権を握り返そうとする。だが、最後の決着は彼女自身の手による制裁ではない。終盤、パトリックがミシェルを再び襲おうとしている場面にヴァンサンが現れ、鈍器(薪)でパトリックを撲殺する。決着は第三者の介入で生じており、ミシェルが自分の意思と手で制裁を完了した形ではないため、2倍に留まる。
最終鑑定点:94/300(基礎点合計×執行精度)
格付け:D級(不発)
総評
『エル ELLE』は、執行カタルシス型復讐映画として見ると点が低くなる。これは被害が軽いからではない。被害は重い。相手もはっきりする。だが、ミシェルの行動は復讐として整理しにくく、最後の決着も彼女自身の執行になっていないからである。
一方で、映画としての評価は高くなる。父の過去、家庭の軋み、職場の緊張、倒錯した欲望を一本の人物像に集め、それを最後まで崩さずに運んでいる。演出も演技も強い。だから本作は、執行カタルシス型復讐映画としては不発でも、映画としては高い水準にある。これは復讐映画というより、復讐の概念を解体するアンチ・リベンジ映画であり、異様な形での自己回復を描くダーク・エンパワーメント作品である。


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