作品情報
| 邦題 | ビー・デビル |
| 原題 | 김복남 살인사건의 전말 |
| 公開年 | 2010 |
| 製作国 | 韓国 |
| 監督 | チャン・チョルス |
| 主演 | ソ・ヨンヒ、チ・ソンウォン |
概要
映画『ビー・デビル』は、閉ざされた島で村人や夫から長年に渡って奴隷同然の扱いを受け続けた女が、娘の死をきっかけに村人全員に報復する作品である。ただし、本作は単純な復讐爽快譚ではない。復讐を実行するのはボンナムだが、同時に本作は、見て見ぬふりを続けた傍観者で幼馴染のヘウォンを裁く視点を強く持つ。したがって本作は、ボンナムの復讐劇であると同時に、傍観の罪を問う映画でもある。
前半の燃料はかなり強い。ボンナムは、夫マンジョンの暴力、義弟チョルジョンの性的加害、島の女たちの加担と黙認の中で生きている。しかも本土から来る警官まで賄賂を受け取り、娘ヨニの死をまともに捜査しない。ボンナムにあらゆる負担と屈辱が集中している。長年に渡って徹底して逃げ場を塞がれ我慢し、学習性無力感に陥っていたボンナムが娘の死をきっかけに覚醒する。
本作の良さは、単純な悪党一人を置くのでなく、共同体ぐるみの地獄として描いている点にある。敵は夫のマンジョン一人ではない。義弟チョルジョンも、島の女たちも、警官も、そして助けを求められながら裏切ったヘウォンも、違う濃度で加害の輪の中にいる。ボンナムの殺意は、娘を殺した夫のマンジョンを中心に、チョルジョン、島の女たち、警官、さらにヘウォンにまで明確に向いている。抽象的な悪一般ではなく、顔のある相手へ順に向かっている点では、標的はかなり明確である。自分を奴隷扱いし、虐げ、裏切ったものたち全員である。
一方で、ボンナムの感情そのものは非常にわかりやすい。島の暮らしは地獄である。そこへ唯一の外の世界としてソウルから幼馴染のヘウォンが来る。ボンナムは、そのヘウォンなら助けてくれるかもしれないと期待する。しかもその感情は、単なる友情では片づかない。憧れ、依存、救済願望に、同性愛的な含みまで混ざった特別な感情として描かれている。だがヘウォンは、島の惨状を見ても踏み込まず、ヨニの死の真相についても見て見ぬふりを決め込む。この裏切りが、共同体への怒りに最後の火を入れる。
終盤は長所と弱点がはっきり分かれる。本土の警察署ですらヘウォンにとって安全地帯ではなく、宿直警官まで彼女の弱みにつけ込もうとする。手錠を持ち出す流れと、ボンナムがその警官の股間めがけて巨大なハンマーを振り下ろす場面を見れば、性加害が未遂に終わったのか、すでに加えられていたのかはともかく、性的加害の意図はかなり濃厚である。この点は、島の外にも同種の加害性が続いていることを示していて強い。
ただし、終盤の脚本運びはかなり雑である。ヘウォンの本土到着後の足取り、警察の初動、ボンナムの追跡経路のつながりは十分に示されない。最終対決を優先した結果、場所と時系列の整合性がわかりにくい。ここははっきり弱点である。
それでも本作は、復讐の感情を立ち上げる力が強い。とくにマンジョンへの執行は、長年の屈辱と恨みが最も強く噴き出す場面であり、映画全体の頂点になっている。ソ・ヨンヒの演技も非常に強く、前半の抑圧と後半の決壊を一人で背負っている。ただし、本作は執行カタルシス一本で押し切る映画ではない。最後に残るのは爽快感よりも、傍観の罪と、取り返しのつかなさのほうである。
鑑定報告(Ver 1.3基準)
※採点基準の概要は「リベンジ映画鑑定要領 Ver1.3(概要)」をご覧ください。
| 1 不条理(被害者の無実性) | 5/5 |
| 2 喪失(奪われたものの重さ) | 5/5 |
| 3 被侮蔑(加害者からの見下し) | 5/5 |
| 4 標的(復讐対象の明確さ) | 4/5 |
| 5 敵の悪(情状酌量の余地) | 5/5 |
| 6 後味(結末のカタルシス) | 2/5 |
| 7 配役(復讐者の説得力) | 5/5 |
| 8 演技(感情の爆発度) | 5/5 |
| 9 演出(執行のスタイリッシュさ) | 4/5 |
| 10 伏線回収(因果応報の納得感) | 3/5 |
| 11 倫理の納得感(観客の同調率) | 4/5 |
| 12 敵の歯ごたえ(難易度と落差) | 2/5 |
| 基礎点合計(1〜12) | 49/60 |
基礎点の根拠
1 不条理:5/5
ボンナムが置かれた状況は極めて理不尽である。暴力も搾取も逃げ場のなさも、本人の落ち度とは言えない。閉鎖空間が不条理を増幅している。
2 喪失:5/5
ヨニの死は決定的である。しかも単なる事故ではなく、長年の虐待の果てに生じた破局であり、ボンナムの人生そのものが壊れる。損害規模は満点でよい。
3 被侮蔑:5/5
マンジョンもチョルジョンも、ボンナムを奴隷扱いだ。島の女たちも彼女を召し使いとして使い潰す。尊厳の踏みにじられ方は極端である。
4 標的:4/5
ボンナムの殺意は、マンジョンを中心に、チョルジョン、島の女たち、警官、そしてヘウォンにまで明確に向いている。標的は共同体全体へ広がるが、抽象的ではなく、顔のある相手として捉えられている。一個人への凝縮ではないため5ではないが、責任の所在はかなり明確である。
5 敵の悪:5/5
加害の質は重い。家庭内暴力、性的加害、娘に対する性加害、精神的拘束、共同体の黙認、幼馴染の裏切り、警官の腐敗とパーフェクトだ。情状酌量の余地はない。
6 後味:2/5
ボンナムは死に、島は壊滅する。ヘウォンには変化が生まれるが、それは救済というよりボンナムを裏切ったことに対する罪悪感の結果である。再生の感触は弱い。
7 配役:5/5
ソ・ヨンヒの顔つきと身体の使い方は強い。ヘウォンに出会えたときの表情、復讐ターンの表情とそのギャップが素晴らしい。
8 演技:5/5
ソ・ヨンヒの演技は非常に強い。抑圧、屈辱、絶望、爆発までの振れ幅を濃く伝える。村人たちの胸糞悪さも見事だ。ヘウォン役はキャラ設定的に終始無表情だ。
9 演出:4/5
前半の圧迫感、島の閉塞感、後半の暴発はよく演出されている。とくに閉鎖的な村の人々の陰湿さが良い燃料だ。ただし、ボンナムの本土上陸後の運びは最終対決を優先しすぎてわかりにくい。
10 伏線回収:3/5
リコーダー、マンジョンの言葉の返し、ヘウォンの傍観など、夫の死体に塗りつけた味噌など回収される要素はあるが、因果の気持ちよさを大きく押し上げるほどではない。
11 倫理の納得感:4/5
島民を皆殺しにしたところで観客はボンナムに同情するだろう。あの島の地獄を見せられれば、報復感情には同調しやすい。ただし本作は、単なる仇討ちではなく、見て見ぬふりを続けたヘウォンという傍観者をも裁く構造を持つ。そのため、倫理の筋はかなり通っているが、爽快な正義の執行だけでは終わらない複雑さが残る。
12 敵の歯ごたえ:2/5
ボンナムが報復する相手は数こそ多いが、執行時点で個々の戦闘力や警戒度は高くない。マンジョンには一度追い込まれ、警官の銃撃で自身も被弾するため1点までは落とさないが、難敵との死闘が続く型ではなく、全体としては低めが妥当である。
13 執行精度(倍率): ×4
義母が追い詰められて崖から飛び降りた以外は自分の手で加害者たちに報復する。夫のマンジョンへの執行の際、口で包丁を咥えて突進して腹に突き刺した点は疑問が残るが、最後全身に味噌を塗りたくるところまで描かれぬかりはない。ただし、最後はヘウォンを仕留めきれず、自身も倒れる。圧倒的完遂の5倍ではなく、確実な制裁の4倍が妥当である。
最終鑑定点:196/300(基礎点合計×執行精度)
格付け:C級(佳作)
総評
『ビー・デビル』は、燃料の強さではかなり上位に入る。あの島の共同体は地獄であり、ボンナムのリベンジには十分な根拠がある。とくにマンジョンへの執行は、この映画の最も強い瞬間である。
ただし、本作は純粋な執行カタルシス型リベンジ映画ではない。極上の燃料と凄まじい執行を持ちながら、最後に爽快感より傍観の罪と取り返しのつかなさを残す映画だ。C級は、映画の弱さではなく、その苦さの重さである。


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