作品情報
| 邦題 | ゴーン・ガール |
| 原題 | Gone Girl |
| 公開年 | 2014 |
| 製作国 | アメリカ |
| 監督 | デヴィッド・フィンチャー |
| 主演 | ベン・アフレック、ロザムンド・パイク |
概要
『ゴーン・ガール』は、失踪ミステリーの顔で始まるが、芯にあるのは夫婦を舞台にした報復劇である。ただし、普通の復讐映画とは違い、敵を気持ちよく始末する話ではない。ここで報復するのはエイミーであり、相手はニックである。問題は、その怒りの中身が単なる浮気への腹いせでは済まないことである。
エイミーは子どものころから「アメイジング・エイミー」という理想像の影で生きてきた。親は娘を題材に本を書き、本人は現実の自分より出来のいい虚像を見せつけられ続けた。だから彼女にとって、人生で役を演じることは珍しくない。結婚でも同じである。エイミーは男が欲しがる女を演じた。いわゆる「クールガール」を演じ、理想の妻をやった。彼女にとって結婚は、生身の二人が折り合う生活というより、互いに役を守ることで成立する舞台に近い。
その前提で見ると、エイミーにとってのニックの罪は不倫だけではない。だらけた。若い愛人に流れた。エイミーの金で作った生活の上に乗りながら、理想の夫役を勝手に降りた。エイミーから見れば、自分には役をやらせておきながら、舞台を降りて逃げようとした男である。ここが本作の重要点である。
だから報復対象は最初から最後までニックでぶれない。日記、血痕、買い物履歴、妊娠の印象操作、世論誘導まで、全部ニックを社会的に潰すための設計である。途中で金を盗まれて計画は崩れるが、そこで終わらない。デジーを足場にして筋書きを組み替え、最後は「被害者として帰還した妻」の立場を手に入れ、妊娠でニックを家庭に縛る。これは爽快な制裁ではない。結婚という関係の支配権を、エイミーが握り直す結末である。
この映画が厄介なのは、善悪で割り切れないことである。ニックは駄目な夫だが、殺人犯に仕立て上げられ、人生を潰されていい男ではない。エイミーの怒りには筋があるが、報いは明らかに過剰である。だから本作は、観客が気持ちよく肩入れできるリベンジ映画にはならない。むしろ、役を演じていた夫婦のうち、より執念深く、より頭の回る側が、壊れた結婚を支配する話として見るべき作品である。
鑑定報告(Ver 1.4基準)
※採点基準の概要は「リベンジ映画鑑定要領(概要)」をご覧ください。
| 1 不条理(過失相殺) | 3/5 |
| 2 喪失(損害規模) | 2/5 |
| 3 被侮蔑(ナメられ) | 3/5 |
| 4 報復対象(安定性) | 5/5 |
| 5 敵の悪(邪悪性) | 2/5 |
| 6 後味(生存希望) | 1/5 |
| 7 配役(適正顔) | 5/5 |
| 8 演技(感情伝達) | 5/5 |
| 9 演出(爆発の美学) | 5/5 |
| 10 伏線回収(因果応報の設計) | 5/5 |
| 11 倫理の納得感(観客同調) | 1/5 |
| 12 敵の歯ごたえ(障害強度) | 3/5 |
| 基礎点合計(1〜12) | 40/60 |
基礎点の根拠
1 不条理:3/5
ニックの裏切りは明確だが、平穏な日常を外部の悪が一方的に破壊した型ではない。もともとこの結婚自体が、無理な演技の上に立っている。
2 喪失:2/5
命や家族を失う話ではない。エイミーが失うのは、結婚の中で保っていた理想の自己像と、夫婦という舞台の支配権である。軽くはないが、損害の性質は通常のリベンジ映画とは異なる。
3 被侮蔑:3/5
若い愛人への乗り換えは、妻を代替可能な相手として扱ったに等しい。ただし、露骨な人格破壊を長く積み上げる型ではない。
4 報復対象:5/5
本丸はニックで安定している。デジーやトミーの存在は、エイミーの性格を示す材料ではあるが、この物語で誰に報いる話かを曇らせるほどではない。
5 敵の悪:2/5
ニックはだらしなく、卑怯で、自分に甘い。だが特級外道ではない。ここがこの映画の大きなねじれで、報復の過激さに敵の悪が見合っていない。
6 後味:1/5
再生の気配はない。残るのは、妊娠を楔にした支配関係と、夫婦関係の継続だけである。
7 配役:5/5
ロザムンド・パイクの冷たい美しさが、この役の怖さを成立させている。ベン・アフレックの鈍さと軽さも、ニックという男の薄さに合っている。
8 演技:5/5
パイクは、被害者の顔と加害者の顔を同じ人物の中に保つ。ベン・アフレックも、無実の夫と駄目な夫の両方を同時に見せている。
9 演出:5/5
前半は失踪事件として観客を引っ張り、中盤で一気に夫婦の私刑劇へ反転させる。この切り替えは鮮やかで、画面の冷たさも最後まで崩れない。
10 伏線回収:5/5
記念日の手掛かり、日記、買い物履歴、妊娠の印象操作、デジーとの関係、保存精子まで、序盤の配置が終盤でよく効く。脚本の組み立ては堅固である。
11 倫理の納得感:1/5
ニックに非があるのはわかる。だが、冤罪、世論操作、殺害、妊娠による拘束まで行くと、正当な報いとして同調するのは無理がある。
12 敵の歯ごたえ:3/5
ニック本人は間抜け寄りだが、完全な木偶でもない。弁護士とテレビを使って立て直し、エイミーに計画変更を強いるので、最低点までは下げにくい。
13 決着成立度(倍率): ×4
エイミーの報いは、最後まで自分の意思と手で成立している。しかも「殺す」より厄介な形でニックを家庭に閉じ込めた。ただし、当初の殺人冤罪プランは崩れ、途中で組み替えた決着でもあるので、理想形の5.0倍までは置かない。
最終鑑定点:160/300(基礎点合計×決着成立度)
格付け:D級(不発)
総評
『ゴーン・ガール』は、リベンジ映画として扱える。ただし、執行カタルシス型ではない。報復対象は明確で、決着も成立している。だが、敵の悪がそこまで高くなく、観客が正当な私刑として肩入れできないので、点は大きく伸びない。
それでも、本作を扱う価値は高い。この映画は、「理想の妻」と「理想の夫」を演じていた結婚が壊れたとき、より執念深い側が舞台そのものを支配する話として、はっきり描かれているためである。不発ではあるが、それは映画の出来の悪さではなく、爽快な復讐をわざと拒む構造の結果である。


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