作品情報
| 邦題 | キャリー |
| 原題 | Carrie |
| 公開年 | 1976 |
| 製作国 | アメリカ |
| 監督 | ブライアン・デ・パルマ |
| 主演 | シシー・スペイセク、パイパー・ローリー、ナンシー・アレン |
概要
燃料だけ見れば極上だ。学校では嘲笑といじめ、家では狂信的な母親の抑圧。しかもキャリーは初潮すら知らされておらず、その無知をきっかけに更衣室で集団羞辱を受ける。身体、性、共同体への所属、その全部を踏みにじられる型の不条理であり、出発点としてはかなり強い。
母マーガレットの存在も独立した燃料になっている。独善的で狂信的なキリスト教原理主義者として描かれ、性を罪とみなし、娘の身体の変化すら悪として押し込める。この母親がいるから、本作の苦しみは単なる学校いじめで終わらない。逃げ場のない少女の悲劇として一段深くなる。
燃料の積み上げもプロムへの期待も、助走としてはよくできている。クリスはただの性悪女ではない。停学処分で止まらず、ビリーを使って豚の血を準備し、プロムの場を公開処刑へ変える。恋人も友人も利用する。かなり悪質だ。だが問題は執行の段階で起きる。解放された怒りは、クリスやビリーや母マーガレットだけへ向かわない。会場まるごとの破局へ変わる。
サイコキネシス殲滅という決まり手は珍しく強烈だが、執行カタルシス型としてはかなり扱いにくい。
トミー・ロスの位置づけが、この映画の痛さをさらに増している。トミーはスーに頼まれ、善意でキャリーをプロムに誘い、会場でも普通に接している。つまりクリスたちは、トミーやスーまで巻き添えにして公開羞辱の仕掛けに使ったことになる。
だからこそプロムの一夜は残酷だ。キャリーはトミーがスーの恋人だと知っていたはずで、最初から気後れも疑いもあったはずだ。それでも一晩だけ普通の女の子として扱ってもらえるかもしれない、その希望に賭けてしまう。そこに豚の血が降る。あの場面は単なる悪戯ではない。信じたい気持ちそのものを潰す公開処刑だ。
標的は低くなってしまう。本来の加害者は絞れるのに、報復は会場全体へ拡散する。キャリーによくしてくれた先生まで巻き込む以上、照準は崩れている。ただし執行そのものは徹底している。会場をほぼ壊滅させ、母マーガレットも自分の手で殺し、最後は自らも死ぬ。精密な制裁ではないが、規模と完遂度は低くない。
倫理の納得感も、完全に低いとは言い切れない。会場全体を巻き込んだ時点で観客が全面的に肩入れし続けるのは難しい。だがキャリーへの同情は極めて強い。最も信じたい瞬間を公開処刑で潰された以上、「壊れるのもわかる」という線は十分にある。正当な私刑としては崩れるが、悲劇としての納得感は残る。
配役、演技、演出は非常に強い。シシー・スペイセクは痛々しい少女の弱さと、決壊後の静かな異様さを両立している。パイパー・ローリーの母親像も強烈で、家庭内の宗教的圧迫をそれ自体で独立した恐怖にしている。プロム場面の演出は鮮烈で、辱めから破局までの溜めと解放は忘れがたい。
後味は最悪に近い。会場は壊滅し、キャリーも死ぬ。スーだけが生き残るが、救いではなく全部を見届けた証人としての生還だ。残るのは再生ではなく悪夢と破局だけである。
映画としては非常に強い。執行カタルシス型リベンジ映画ではあるが、怒りの燃料を爽快な私刑ではなく、共同体丸ごと無関係なものまで巻き込むとスコアが伸びない。だが、文句無しに傑作だ。
鑑定報告(Ver 1.3基準)
※採点基準の概要は「リベンジ映画鑑定要領 Ver1.3(概要)」をご覧ください。
| 1 不条理(被害者の無実性) | 5/5 |
| 2 喪失(奪われたものの重さ) | 4/5 |
| 3 被侮蔑(加害者からの見下し) | 5/5 |
| 4 標的(復讐対象の明確さ) | 2/5 |
| 5 敵の悪(情状酌量の余地) | 4/5 |
| 6 後味(結末のカタルシス) | 1/5 |
| 7 配役(復讐者の説得力) | 5/5 |
| 8 演技(感情の爆発度) | 5/5 |
| 9 演出(執行のスタイリッシュさ) | 5/5 |
| 10 伏線回収(因果応報の納得感) | 4/5 |
| 11 倫理の納得感(観客の同調率) | 3/5 |
| 12 敵の歯ごたえ(難易度と落差) | 2/5 |
| 基礎点合計(1〜12) | 45/60 |
基礎点の根拠
1 不条理:5/5
学校でも家庭でも理不尽に踏みにじられる。初潮の場面での集団羞辱は予見も防御も難しく、不条理としてかなり重い。
2 喪失:4/5
家族全滅型ではないが、尊厳、共同体への所属、普通の青春、プロムの一夜に託されたわずかな希望までまとめて潰される。損失はかなり大きい。
3 被侮蔑:5/5
学校でも家庭でも人間としてまともに扱われない。嘲笑、公開羞辱、宗教的断罪まで含めて満点級だ。
4 標的:2/5
本来の加害者はクリス、ビリー、母マーガレットに絞れる。だがプロム以後の報復は会場全体へ拡散し、照準が崩れる。
5 敵の悪:4/5
クリスとビリーの計画は悪質だが、母マーガレットの加害は家庭内の抑圧という別の性質を持ち、敵の悪が一枚岩ではない。満点までは置きにくい。
6 後味:1/5
会場は壊滅し、キャリーも死ぬ。スーの生還も救いではない。残るのは悪夢と破局だけだ。
7 配役:5/5
シシー・スペイセクは痛々しい少女と破局を呼ぶ存在の両方を成立させている。パイパー・ローリーも強烈で、家庭内の圧迫を独立した恐怖にしている。
8 演技:5/5
キャリーの怯え、希望、屈辱、決壊がよく伝わる。母娘の演技の強さがこの映画の悲劇性を支えている。
9 演出:5/5
プロム場面の設計は圧倒的だ。豚の血から大虐殺への移行は、復讐映画として気持ちいいというより、映画として鮮烈である。
10 伏線回収:4/5
テレキネシスの兆候、母の抑圧、学校での侮辱、プロムの希望が終盤の破局に収束する。爽快な因果応報ではないが、構造はよくできている。
11 倫理の納得感:3/5
キャリーへの同情は極めて強い。だが会場全体の大量死まで行くと、観客が最後まで全面的に同調し続けるのは難しい。正当な復讐としては崩れるが、悲劇としての納得感は残る。
12 敵の歯ごたえ:2/5
物理的に強い敵ではない。テレキネシスが解放された後は力関係そのものが崩れる。障害は共同体の悪意と家庭内抑圧であり、乗り越えた後の快感は薄い。
13 執行精度(倍率): ×4
一度力が解放されると相手はほぼ逃れられず、主加害者にも母にも自分の手で死を与える。互角の死闘ではなく明確な実力差による制裁だ。ただし標的は拡散し、執行は冷徹な処理というより怒りの暴走に近い。最後は自らも破滅するため、5倍の絶対的執行までは届かない。
最終鑑定点:180/300(基礎点合計×執行精度)
格付け:C級(佳作)
総評
燃料だけ見れば極上だ。だがその怒りは爽快な私刑へ向かわず、共同体ごとの破滅へ転ぶ。だからリベンジ映画鑑定所の定規では高く出ない。180点、C級。映画の格が低いという意味ではない。復讐を気持ちよさではなく悲劇へ変えてしまう強さがある。そこが『キャリー』の異様さであり、名作たるゆえんでもある。
雑記
この映画はとにかくシシー・スペイセク圧勝である。地味ないじめられっこの役なのに存在感は圧倒的だ。しかし、キャリーに良くしてあげていた先生には生き残ってほしかったが。


コメント