007/消されたライセンス(1989年イギリス・アメリカ)

邦題007/消されたライセンス
原題Licence to Kill
公開年1989
製作国イギリス・アメリカ
監督ジョン・グレン
主演ティモシー・ダルトン、キャリー・ローウェル

概要

『007/消されたライセンス』は、ボンドがMI6の任務を離れ、麻薬王サンチェスへの私的復讐に向かう映画である。本作はボンドの友人CIAエージェント、フェリックス・ライターの結婚式当日に麻薬王フランツ・サンチェスがDEAエージェントの買収で脱獄し、報復としてライターの新婦デラを殺害、ライター本人は片足をサメに食われる重傷を負う。ボンドはMI6の殺しのライセンスを返上し、組織を離れて私的復讐に走る。

※採点基準の概要は「リベンジ映画鑑定要領(概要)」をご覧ください。

1 不条理(過失相殺)4/5
2 喪失(損害規模)3/5
3 被侮蔑(ナメられ)3/5
4 報復対象(安定性)5/5
5 敵の悪(邪悪性)3/5
6 後味(生存希望)4/5
7 配役(適正顔)5/5
8 演技(感情伝達)4/5
9 演出(爆発の美学)5/5
10 伏線回収(因果応報の設計)5/5
11 倫理の納得感(観客同調)4/5
12 敵の歯ごたえ(障害強度)4/5
基礎点合計(1〜12)49/60

基礎点の根拠

1 不条理:4/5
デラは結婚式当日に殺される。フェリックスは麻薬捜査に関わる立場であり、職務上サンチェスから報復される可能性はあるため完全不条理ではない。

2 喪失:3/5
死亡したのはライターの新婦デラのみ。ライター本人は片足を失うが生存し、後に復職する。ボンド本人の家族や恋人が殺されたわけではなく、友人の新婦の死と友人の負傷のみ。

3 被侮蔑:3/5
サンチェスはフェリックスをサメに襲わせ、挑発のメモを残す。侮辱はフェリックスに向けられており、ボンドが何者かを把握していない。

4 報復対象:5/5
復讐の相手はサンチェスとその麻薬密売組織全体だ。組織壊滅の過程で関連人物も倒すが、焦点は一度もぶれない。

5 敵の悪:3/5
サンチェスは麻薬王として役人を買収し報復殺人を実行、組織を率いて買収と暴力で支配する。ジャンル標準の犯罪王。臓器売買・児童加害・恩人裏切りといった特級邪悪までは到達しない。

6 後味:4/5
サンチェスは焼死、組織は壊滅、ライターは生存して復職を勧める電話をボンドに掛ける。完全再生型に近いが、ライターは片足を失ったままで完全救済には至らないことと、香港麻取の扱いに引っかかりが残る。

7 配役:5/5
ティモシー・ダルトンの暗い表情、フレミング原作に最も近いとされるボンド像が本作の私的復讐の物語と噛み合う。ロバート・ダヴィのサンチェスは威圧感と狡猾さを併せ持つ。キャリー・ローウェルのパム・バウヴィエは従来のボンド・ガール像を超えた女性戦闘員として印象を残す。デヴィッド・ヘディソンのライターも本作で代表作を残した。

8 演技:4/5
ダルトンは私的復讐に走るボンドの暗さを全編で支える。ダヴィのサンチェスは麻薬王の威圧と猜疑心を体現する。ローウェルのバウヴィエは従来の受け身のボンド・ガールとは異なる対等な共闘者として機能する。デル・トロは無名時代の登板で危険な存在感を残す。

9 演出:5/5
ジョン・グレンの演出は本作の暗いトーンに合う。冒頭のセスナ機をヘリでフックで吊り上げる場面、最終盤のタンクローリー追撃戦は1989年のCG以前のアクション映画として申し分ない仕上がり。減圧室での処刑、サメ水槽、粉砕機などの容赦のない暴力描写も含めて、シリーズ屈指の濃度。

10 伏線回収:5/5
冒頭でライター夫妻から贈られた彫刻入りライターが復讐の決まり手になっている。

11 倫理の納得感:4/5
デラは殺され、フェリックスは片脚を奪われる。ボンドがサンチェスを追う理由は明快だ。ただし、ボンドの行動により香港麻取たちの作戦が乱れ、結果的に彼らは全滅する。ボンドは機転を利かせてその状況をサンチェスの信用獲得に利用するが、お互いに素性を知らなかったが故の不幸ではあるものの、唐突な忍者風のキャラクター設定も含めて扱いの雑さが否めない。

12 敵の歯ごたえ:4/5
サンチェスは麻薬組織、私兵、買収した捜査官、偽装された中継網を持つ。裏切り者はすぐに殺す。ボンドの工作が通りやすい場面はあるが、相手としての規模はそれなりに大きい。

最終鑑定点:245/300(基礎点合計×決着成立度)

格付け:B級(良作)

『消されたライセンス』は、ボンド映画の枠組みを離れて私的復讐に振った異色作である。標的明確、決着完遂、伏線明快。執行カタルシス型として高水準にある。

だが、更に上に届かない理由は、リベンジ映画として最も重要な「喪失」の積み上げが足りないことである。これはフェリックス・ライターがフレミング原作シリーズで6作品に登場する最重要の戦友であり、絶対に死なせられないキャラクターであることに起因する。ボンドの怒りの動機を成立させるためには誰か重要な人物を被害に遭わせる必要があるが、ライターを殺すわけにはいかないので、ライターの新婦デラという映画オリジナルの女性キャラを作り、彼女を犠牲にすることで物語をスタートさせた。この脚本上の妥協がカタルシスの燃料不足の原因だ。ボンド本人の家族・恋人ではなく、観客に紹介されたばかりの友人の新婦の死であるうえに、ボンドやライターとの関係も概念としてかなり親しいと言うことはわかるが、それ以上のものはなく、結果燃料は最上級まで積み上がらない。併せてサンチェスもジャンル標準の麻薬王の上位という位置に留まってしまったのが残念だ。

雑記

何年もかけて信用を積み上げサンチェスに近づき、あと少しというところでジェームズ・ボンドにめちゃくちゃにされたあげく、サンチェスたちの攻撃を受け、最後は青酸カリを飲まざるを得なくなった香港の麻取の面々がとにかく不憫でしかたない。どうしてくれるんだジェームズ・ボンド。

それはそれとして、本作は世界的に見た場合の興行成績は悪くはないのだろうが、ジェームズ・ボンドシリーズとしては不振だった。1989年夏の北米市場は『バットマン』『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』『リーサル・ウェポン2』がライバルだったというのも影響しているだろう。また、シリーズ初のPG-13指定と濃い暴力描写が伝統的な家族客層を遠ざけたとも考えられる。麻薬戦争という現代的題材が逃避型エンタメを求める観客の期待と乖離したことも大きい。当時の観客はまだロジャー・ムーアの軽いボンドを求めており、ダルトン版の暗いボンド像が受け入れられにくかったのかもしれない。

しかし後年、ダニエル・クレイグ版『カジノ・ロワイヤル』(2006)以降に同じ路線が標準化されたとき、本作は時代を17年早く先取りした作品として再評価された。組織からの離脱、私的復讐動機、女性キャラクターの対等化、傷つき消耗するボンド像、抑制された演出、これら全てがクレイグ版の特徴として定着する要素を、本作は1989年の時点で先取りしており、リベンジ映画鑑定所的には執行カタルシス型ボンド映画の唯一の到達点といえる。

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