マンディ 地獄のロード・ウォリアー(2018年アメリカ他)

邦題マンディ 地獄のロード・ウォリアー
原題Mandy
公開年2018
製作国アメリカ、ベルギー、イギリス
監督パノス・コスマトス
主演ニコラス・ケイジ、アンドレア・ライズボロー

概要

『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』は、森の中で恋人マンディ・ブルーム(アンドレア・ライズボロー)と暮らすレッド・ミラー(ニコラス・ケイジ)がマンディを目の前で焼き殺されて、犯人であるカルト教祖ジェレマイア・サンド(ライナス・ローチ)たちに復讐する映画だ。

ジェレマイアは、たまたま見かけたマンディに好意を寄せ、信者と暴力集団を使ってマンディを拉致し、薬物で朦朧とさせ、自作の歌と教義によって支配しようとする。だが、マンディはジェレマイアの浅はかな自己陶酔を見抜き、本人の前で笑い飛ばす。笑われたジェレマイアは、自分を特別な存在として扱わないマンディに耐えられず、レッドが見ている前でマンディを焼き殺す。

レッドの復讐は、冷静な計画や鮮やかな手際で進むものではなく、本能に突き動かされた野獣のそれだ。レッドの精神は傷つき壊れながらも加害者たちを追い詰めて確実に仕留めていく。

※採点基準の概要は「リベンジ映画鑑定要領(概要)」をご覧ください。

1 不条理(過失相殺)5/5
2 喪失(損害規模)3/5
3 被侮蔑(ナメられ)4/5
4 報復対象(安定性)5/5
5 敵の悪(邪悪性)5/5
6 後味(生存希望)3/5
7 配役(適正顔)4/5
8 演技(感情伝達)4/5
9 演出(爆発の美学)4/5
10 伏線回収(因果応報の設計)2/5
11 倫理の納得感(観客同調)5/5
12 敵の歯ごたえ(障害強度)3/5
基礎点合計(1〜12)46/60

基礎点の根拠

1 不条理:5/5
マンディは、道を歩いていたところをジェレマイアに見られただけで標的にされる。レッドとマンディの森の生活は、カルト教祖の一方的な執着によって突然壊される。被害者側に予見可能性はなく、加害を招く行動もない。

2 喪失:3/5
レッドは恋人マンディを失う。彼女はレッドの目の前で焼き殺される。

3 被侮蔑:4/5
ジェレマイアたちはレッドを拘束し、マンディを焼き殺す場面を見せつける。レッドの無力さを突きつける強い屈辱である。ただし、加害の理由はマンディへの執着と自尊心を傷つけられたことであり、レッド本人を侮辱することそのものが主目的ではない。徹底した人格否定の処遇とまでは言えない。

4 報復対象:5/5
レッドの報復対象は、マンディの拉致と殺害に関わった者たちである。中心はジェレマイアであり、その周囲の信者と実行部隊も加害者として整理されている。

5 敵の悪:4/5
ジェレマイアはマンディに一方的に執着し、自分の歌と教義で支配しようとする。マンディに笑われると、自尊心を傷つけられたことに耐えられず、彼女を焼き殺す。欲望、支配欲、自己陶酔、逆恨みが殺害へつながっている。拉致と拘束に加わる者たちも含め、情状酌量の余地はない。

6 後味:3/5
レッドはジェレマイアまでたどり着き、復讐を完遂する。だが、マンディは戻らない。レッド自身も恐らく壊れており平穏な生活へは戻らない。完遂はあるが、再生はない。

7 配役:4/5
レッド役のニコラス・ケイジは、本作の異様な雰囲気にはまり役だ。静かな生活を送る男が壊れていく前半と、怒りで進む後半を受け止めている。

8 演技:4/5
ニコラス・ケイジは、マンディを奪われたあとの怒りを過剰なほど振り切れた演技として見せる。

9 演出:4/5
強い色彩、重い音楽、緩慢なテンポ、終始悪夢を見ているかのような映像だ。意味深だがたいして意味はなさそうな雰囲気作りのためだけの台詞も効果的だ。

10 伏線回収:2/5
本作は、緻密な伏線回収で快感を作る映画ではない。マンディの語る話や幻想的なイメージは、作品全体の空気を作っているが、終盤で因果として回収されるわけではない。物語は、伏線の設計よりも感情と映像の圧力で進む。

11 倫理の納得感:5/5
レッドの報復対象は、マンディの拉致と殺害に関わった者たちで完結している。マンディには落ち度がなく、レッドも目の前で彼女を焼き殺された。執行の手段は過剰だが、加害側の行為も限度を超えている。レッドへの同調が崩れる理由は少ない。

12 敵の歯ごたえ:3/5
実行部隊は異様な暴力性を持ち、レッドは苦戦し、何度も傷つく。一方で、カルト幹部とジェレマイア本人は肉体的に強い敵ではない。脅威としては成立しているが、敵が高い知力や組織力でレッドを追い詰める構図ではない。

最終鑑定点:230/300(基礎点合計×決着成立度)

格付け:B級(良作)

『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』は、ホラー、サイケデリック、ドゥーム・メタル色の強い異色のリベンジ映画といえる。復讐の発端、報復対象の安定性、執行主体の一貫性、本人の手による決着と必要な要素は満たしている。

また、本作で重要なのはマンディの扱いである。マンディは、ただ殺されてレッドを怒らせるためだけの人物ではない。教祖のジェレマイアを笑い飛ばし、彼の本質を暴く人物として描かれており、マンディの死は単なる被害ではなく、ジェレマイアの醜さを決定的に露呈させる場面でもある。ジェレマイアは、薬で抵抗力を奪ったマンディの前で、裸同然の姿になり、自作曲と教義によって自分を特別な存在として売り込む。マンディは、曲だけでなく、性器の露出を含むジェレマイアの馬鹿馬鹿しい自己演出に大爆笑。ジェレマイアは、教祖としても男としても笑われたことに耐えられず、傷つけられた自尊心を殺意へ変える。

復讐ターンの密度は濃いが、被害規模や伏線回収の薄さと敵の歯ごたえの不足と、やはりマンディが殺されるまでの燃料積み上げターンの弱さが点数を抑える。具体的にはマンディが殺されたときに感じる喪失感とレッドに対する同情が弱い。二人の仲睦まじさは描かれているが、マンディの雰囲気や行動の不気味さが勝ってしまい、拉致された殺されても違和感があまりないのだ。また、マンディが拉致されたのは理不尽ではあるが、ジェレマイアが語る根拠の馬鹿馬鹿しさにも疑問が残る。それでも、ニコラス・ケイジの怪演と演出による王道リベンジ映画と言えるだろう。

雑記

「地獄のロード・ウォリアー」という邦題から想像される内容と違っていて(マッドマックスシリーズみたいなのを想像していた)、実際は地獄の森林カルト復讐譚だ。映像はダリオ・アルジェントに影響を受けているようにも見える。それはそれとして、本作のハイライトはやはり拉致してきたマンディに対して教祖のジェレマイアが立ち上がってローブを開いて局部を見せつけるシーンだ。自分で作ったという変な曲を聴かされ、いかにも教祖っぽいことを言って、自分の欲望を満たそうと満を持してローブを開いて局部を見せつけたらマンディはまさかの大爆笑(詳細はぼかしで見えないが)。ジェレマイアは教祖として、男として、アーティストとして、しかも何人かいる信者の前で全否定されたわけだ。周囲にいる信者には『こっち見んな!!!』、尋常ではない勢いで大爆笑するマンディに『黙れ!!!』、思わず取り乱してしまったジェレマイアは泣きそうな表情で鏡に映る自分に向かって『何をすればいい?』『何をすればいい?』『何をすればいい?』……『己を疑うことなかれ(ニヤリ)』アホかお前は笑。

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