作品情報
| 邦題 | キル・ビル Vol.2 |
| 原題 | Kill Bill: Vol. 2 |
| 公開年 | 2004 |
| 製作国 | アメリカ |
| 監督 | クエンティン・タランティーノ |
| 主演 | ユマ・サーマン |
概要
『キル・ビル Vol.2』は、前作の高温アクションを受けて、復讐の物語を「決着」の方向へ引き寄せる作品である。Vol.1が、死んだはずの処刑者が蘇って敵を斬りまくる祝祭的な復讐劇だったとすれば、Vol.2は、地中から這い上がった女が、ようやく本丸のビルにたどり着き、愛と裏切りと親子の問題を抱えたまま最後の決着をつける映画である。
そのため、Vol.1よりも単純なカタルシスは弱まる。だが、その代わりに感情の厚みと回収の強さが増している。問題は(カタルシスが弱まるという意味での)、その深みがそのまま「復讐の正当性」を濁らせてもいることだ。ビルは単なる怪物としては描かれない。ベアトリクスを本気で愛していたことも、BBを一人で育てていたことも、そして自分が傷ついたことも隠さない。ベアトリクスの側も、自分がそんなに都合よく新しい幸せな家庭を築けるとは思っていなかったと認める。そうなると、この映画は「正義が悪を討つ話」ではなく、「同じ血まみれの世界にいた二人が、もう共に生きられないと分かった末に決着をつける話」へと変わっていく。
その意味で、『キル・ビル Vol.2』は非常に強い作品だが、Vol.1ほど無邪気に高温にはならない。V1.3で見ると、そこがはっきり数字に出る。
鑑定報告(Ver 1.3基準)
※採点基準の概要は「リベンジ映画鑑定要領 Ver1.3(概要)」をご覧ください。
| 1 不条理(被害者の無実性) | 2/5 |
| 2 喪失(奪われたものの重さ) | 5/5 |
| 3 被侮蔑(加害者からの見下し) | 3/5 |
| 4 標的(復讐対象の明確さ) | 5/5 |
| 5 敵の悪(情状酌量の余地) | 4/5 |
| 6 後味(結末のカタルシス) | 3/5 |
| 7 配役(復讐者の説得力) | 5/5 |
| 8 演技(感情の爆発度) | 5/5 |
| 9 演出(執行のスタイリッシュさ) | 5/5 |
| 10 伏線回収(因果応報の納得感) | 5/5 |
| 11 倫理の納得感(観客の同調率) | 2/5 |
| 12 敵の歯ごたえ(難易度と落差) | 4/5 |
| 基礎点合計(1〜12) | 48/60 |
基礎点の根拠
各項目講評
1 不条理:2/5
ここはVol.1と同じく厳格に下げるべきである。ベアトリクスは平穏な一般人ではなく、もともと殺し屋であり、ビルがどういう男かも知っていた。そのうえで黙って組織を抜け、姿を消し、別の人生を築こうとした以上、報復を招く危険はかなり予見できたはずである。しかも彼女自身、そんなに都合よく幸せになれるとは本気で思っていなかったと認めている。したがって、完全不条理の5はありえない。ただし、だからといってビル側の報復が正当化されるわけではなく、その過剰さは別項目で処理すべきなので、1ではなく2が妥当である。
2 喪失:5/5
喪失は壊滅的である。ベアトリクスは命だけでなく、未来、平穏、家庭、そして子どもまで失ったと思わされていた。Vol.2は、その喪失の延長線上で娘を取り戻しにいく話でもある。人生の根をまとめて断ち切られたという意味で、ここは最大級でよい。
3 被侮蔑:3/5
Vol.1ほどは高く出ない。ビルはベアトリクスの危険性も実力もよく分かっているし、バドも完全に舐め切っているわけではない。エルには過小評価があるが、敵全体として見ると「無価値扱いの徹底」までは行かない。したがって標準の3が自然である。
4 標的:5/5
ここは満点でよい。Vol.2では、本丸がビルであることがさらに明確になる。バドもエルも途中経過であり、感情の収束先は完全にビルに固定されている。前後編一体の復讐劇として見た場合、この作品の怒りは最初から最後まで一人の男へ向かっている。
5 敵の悪:4/5
ビルは許される存在ではない。よりによって結婚式を襲撃し、ベアトリクスだけでなく、参列者や牧師まで殺戮した事実は重く、その行いは外道の極みである。ただし、Vol.2では彼が単なる怪物ではなく、本気でベアトリクスを愛し、傷つき、そしてBBと三人で暮らす望みさえどこかに持っていた男として描かれる。その人間味のせいで、純粋な外道一本の5には届かない。悪ではあるが、単純な怪物ではない。その揺らぎ込みで4が妥当である。
6 後味:3/5
ここは5にはできない。ベアトリクスは娘を取り戻し、生き残る。その意味では希望がある。だが、その希望はビルを殺し、BBから父を奪ったうえで成り立っている。しかもBBは、表面上はビルと非常に良い関係の中で育っていたように見える。ベアトリクスにとっては満足のいく結末でも、BBにとってそれがどうだったのかはかなり苦い。ベアトリクスの自己満足にも見えてしまう。完全再生ではなく、傷と不確定さが残る結末として3が自然である。
7 配役:5/5
ユマ・サーマンの説得力はここでも揺るがない。Vol.2では派手な殺陣だけでなく、疲労、執念、母性、怒り、そして決着の静けさまで背負わされるが、それをきちんと成立させている。存在そのものが復讐者として機能しており、5で問題ない。
8 演技:5/5
Vol.2はVol.1以上に演技の比重が高い。墓からの脱出、娘との再会、ビルとの会話、最後の涙に至るまで、感情の振れ幅を強く観客へ通してくる。とくにビルとの対話の場面では、怒りと愛情と諦めが同時に存在しており、その複雑さをきちんと支えている。ここは満点でよい。
9 演出:5/5
Vol.1の祝祭的な派手さとは違うが、Vol.2は別種の完成度がある。パイ・メイ修行、棺桶脱出、狭いトレーラーでのエル戦、そしてビルとの対話から決着まで、静と動の切り替えが非常にうまい。復讐をただの殺しではなく、長い旅の終着点として演出し切っている。ここも満点でよい。
10 伏線回収:5/5
ここは非常に強い。Vol.1から積み上げてきたDeath List Five、ハンゾウ刀、パイ・メイ修行、五点掌爆心拳、娘の問題、ビルとの因縁、その多くがVol.2でしっかり回収される。前後編一体の構造として見れば、これはかなり完成度の高い回収であり、満点でよい。
11 倫理の納得感:2/5
ここが本作最大の濁りである。観客はベアトリクスに同情できる。だが、ビルの側にも感情の筋があることが分かってしまう。しかもBBの存在まで考えると、「ベアトリクスが完全に正しい」とはとても言えない。ビルは許されないが、だからといってベアトリクスの行動に最後まで迷いなく同調できるわけでもない。これは正義の執行ではなく、血に染まった者同士の清算に近い。したがって2が妥当である。
12 敵の歯ごたえ:4/5
Vol.1ほど数の暴力はないが、障害としての硬さは十分にある。バドは実際にベアトリクスを地中へ葬るところまで行くし、エルもかなり危険である。ビル本人は戦闘型ではないが、本丸としての重みがある。絶望的な壁という5までは行かないが、標準を超える4はある。
13 執行精度(倍率): ×5
ここは高く出してよい。墓から這い上がって戻ってくる時点で、不屈としては最上級である。そのうえで照準は最後までぶれず、本丸ビルに到達し、相手と向き合い、自分の手で決着をつける。倫理が濁ることと執行の完成度は別であり、ここはV1.3の5倍に十分値する。
最終鑑定点:240/300(基礎点合計×執行精度)
格付け:B級(良作)
総評
『キル・ビル Vol.2』は、Vol.1のような高温の処刑劇ではない。むしろ、愛と裏切りと親子関係が絡み合った末の、非常に苦い決着編である。
ベアトリクスの復讐は理解できる。ビルが許されないのもその通りである。しかし、この映画はそこで止まらない。ビルの側にも愛情と傷があり、BBという第三者の視点を考えれば、決着は単なる解放ではなく、新たな傷を伴うものになる。だから後味も倫理も濁る。その濁りこそが、Vol.2の深さであり、同時にVol.1ほど無邪気に高得点へ伸び切らない理由でもある。
それでも本作は強い。演技、演出、伏線回収、そして本丸への到達の鮮やかさはやはり一級品である。だからこそ、この作品は「低い評価」ではなく、「苦みを含んだ高水準」としてのB級に落ち着く。
240点、B級。良作。
Vol.1が高温の怒りなら、Vol.2は苦い決着である。前後編を並べたとき、その差がきれいに出ている。


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