作品情報
| 邦題 | ノースマン 導かれし復讐者 |
| 原題 | The Northman |
| 公開年 | 2022 |
| 製作国 | アメリカ |
| 監督 | ロバート・エガース |
| 主演 | アレクサンダー・スカルスガルド、ニコール・キッドマン |
概要
復讐劇としての設定だけ見ればかなり強い。国王である父を叔父に殺され、王位を奪われ、母を連れ去られた王子が島を脱出し、誓いを果たすために実力をつけて戻ってくる。骨格は単純で、標的も見えやすい。ところが実際に見ると、執行カタルシスは思ったほど伸びない。問題は火薬の量ではなく、濃さと決着の抜けにある。
目的が単純なわりに執行が鈍い。アムレートはフィヨルニルの懐に入ったあとも、すぐには討たない。強い障害があるわけでも、深い迷いがあるわけでもない。運命、儀式、宿命という重たい雰囲気で引っ張るが、復讐劇として見れば「そこまで迫ったなら早くやれ」と感じやすい。ここで推進力が落ちる。
敵の胸糞も意外に濃くならない。フィヨルニルは父殺しの仇であり、王位簒奪者としての役割は明快だ。だが、観客の怒りを一身に引き受ける大悪党としては弱い。権力を背にした増長、陰湿な逃げ場の潰し方、相手をなめ切った態度、そうした胸糞の条件が薄い。落ちぶれた男の小さな王国を見せる時間が長く、「こいつだけは絶対に潰せ」という熱に煮詰まり切らない。
しかも途中で父親暗殺事件の黒幕は母親だったことが判明する。ここで復讐の大義は崩れる。アムレートの誓いは残るが、観客が肩入れする足場は大きく揺れる。実は父親は悪人なのか、母親の言ってることはどこまでが本当なのか、話を複雑にする効果はあるが、執行カタルシス型としては逆風だ。
伏線の扱いも弱い。後半で驚きとして出すはずの母の真相が、序盤の宴の場面ですでに見えてしまっている。王を差し置いて王妃がフィヨルニルに盃を渡す時点で、関係の匂わせが強すぎる。驚きの展開というより、答えを先に見せているに近い。回収の快感にならない。
剣も同じだ。あれだけ大げさに手に入れる特別な剣が、復讐の決まり手として気持ちよく回収されるわけではない。期待値だけ膨らませ、武器としての快感は薄い。ラストの火口決闘も、絵としては大仰だが、執行としては相打ちだ。本人の手で叔父を討つ点は押さえているが、「ついに討った」という爽快感より、宿命劇の重さが勝つ。
神話劇、宿命劇としては力んでいるが、復讐映画としての処理は鈍い。設定の大きさに対して、敵の胸糞、怒りの濃縮、決まり手の回収が足りない。話は大きいのに抜けない。そこを見切って低く出すべき作品だ。
鑑定報告(Ver 1.3基準)
※採点基準の概要は「リベンジ映画鑑定要領 Ver1.3(概要)」をご覧ください。
| 1 不条理(被害者の無実性) | 5/5 |
| 2 喪失(奪われたものの重さ) | 5/5 |
| 3 被侮蔑(加害者からの見下し) | 2/5 |
| 4 標的(復讐対象の明確さ) | 4/5 |
| 5 敵の悪(情状酌量の余地) | 3/5 |
| 6 後味(結末のカタルシス) | 2/5 |
| 7 配役(復讐者の説得力) | 4/5 |
| 8 演技(感情の爆発度) | 3/5 |
| 9 演出(執行のスタイリッシュさ) | 3/5 |
| 10 伏線回収(因果応報の納得感) | 2/5 |
| 11 倫理の納得感(観客の同調率) | 2/5 |
| 12 敵の歯ごたえ(難易度と落差) | 3/5 |
| 基礎点合計(1〜12) | 38/60 |
基礎点の根拠
1 不条理:5/5
父を叔父に殺され、王位を奪われ、母を連れ去られる。出発点の理不尽は強い。幼いアムレート側に落ち度はない。満点でよい。
2 喪失:5/5
父親を殺され、王子の身分も奪われ、母も失われる。喪失の規模は大きい。復讐劇の燃料としては最大級だ。
3 被侮蔑:2/5
アムレートは踏みにじられるが、敵のナメは薄い。フィヨルニルは権力を背にした増長した悪党でも、陰湿に逃げ場を潰す支配者でもない。頭数を頼みに威勢を張る小悪党の首魁に近く、観客の怒りを一点に煮詰める侮蔑としては弱い。
4 標的:4/5
アムレートの主目的は最後までフィヨルニル討伐で動いている。ただし終盤では母親の告白によって母親と異父弟まで手にかけており、殺意の射程はフィヨルニル一人に収まり切らない。4点が妥当だ。
5 敵の悪:3/5
国王である父親の暗殺と国の乗っ取りは重い。だがフィヨルニル本人の胸糞は思ったほど濃くない。後半で母親グズルンが黒幕であることが判明し、単純な大悪党としても弱まる。燃料としては標準域だ。
6 後味:2/5
果たし合いの末に叔父は討たれる。だがアムレート自身も死ぬ。血筋は残るが、再生の明るさは薄い。救済より宿命の完遂が前に出る結末だ。
7 配役:4/5
主役のアレクサンダー・スカルスガルドの座った目つきが復讐者らしさを際立てる。ニコール・キッドマンの冷たい美しさは冷酷な女性の役にふさわしい。
8 演技:3/5
必要な感情は伝わる。だが芝居が怒りを観客の腹に沈めるほど強くはない。母親グズルンが真相を告白する場面はこの映画のハイライトとも言えると思うのだが、感情の爆発としては弱い。標準域だ。
9 演出:3/5
BGMや映像は暗くて重く、儀式性も強い。だがそれが復讐の快感に直結しない。大きく見せる演出は多いが、執行の瞬間を気持ちよく回収する設計は弱い。
10 伏線回収:2/5
予言、特別な剣、血筋の宿命と前振りは大きい。だが「あれがここで効く」という回収の快感は弱い。グズルンの真相は驚きとして出すはずの情報を序盤の宴で先に漏らしており、設計として甘い。剣の扱いも期待値のわりに鈍い。
11 倫理の納得感:2/5
父殺しの復讐としては筋が通る。だがグズルンの真相が出た時点で単純な正義は崩れる。アムレートは刺せる場面で刺さず、運命劇の流れに身を預ける。観客が迷いなく肩入れできる型ではない。
12 敵の歯ごたえ:3/5
フィヨルニルは戦える男だ。だが首魁として底知れない恐怖や支配力を持つ大敵には見えない。倒す価値はあるが、主敵としての格は標準域にとどまる。
13 執行精度(倍率): ×3
最後は本人の手で叔父を討つ。ここは押さえている。ただしそこまでの手際は悪い。懐に入ってから執行を引き延ばし、決着も相打ちだ。確実な制裁より宿命の完遂というほうが近い。3倍が妥当だ。
最終鑑定点:114/300(基礎点合計×執行精度)
格付け:D級(不発)
総評
復讐劇の設定だけ見れば強い。だが執行カタルシス型としては伸びない。敵の胸糞が薄く、怒りの濃縮も弱く、決まり手の回収も鈍い。フィヨルニルは被害に見合うだけの大悪党として育ち切らない。
映画として駄目だと言いたいのではない。神話劇としての重さ、画の迫力、宿命の悲劇を前に出した結果、復讐映画の快感が後退した作品だ。
雑記
色々な要素が盛りだくさん過ぎてゲップが出そうだ。北欧の神話とか伝説とか興味がある人は楽しめるのかもしれない。あと、ニコール・キッドマンが始終やりにくいのか、やる気が出ないのか、そういう演出なのかわからないけど、そう感じた。


コメント