作品情報
| 邦題 | ギャング・オブ・ニューヨーク |
| 原題 | Gangs of New York |
| 公開年 | 2002 |
| 製作国 | アメリカ |
| 監督 | マーティン・スコセッシ |
| 出演 | レオナルド・ディカプリオ、ダニエル・デイ=ルイス、キャメロン・ディアス |
概要
『ギャング・オブ・ニューヨーク』は、デッド・ラビッツを率いる父プリースト・ヴァロン(リーアム・ニーソン)をネイティヴ派のビル・ザ・ブッチャー(ダニエル・デイ=ルイス)に殺されたアムステルダム・ヴァロン(レオナルド・ディカプリオ)が、父の死から16年後に少年院を出所してファイブ・ポインツへ戻り、ビルに復讐する映画である。
アムステルダムの目的は父の仇討ちだが、この映画は復讐に至る過程が長い。ビルはファイブ・ポインツに戻ったあと、ビルの手下として実績を積み上げ信用を得る。ビルはアムステルダムを弟子と呼び、自分には息子がいなかったと漏らす。アムステルダムが正体を隠して近づくほど、ビルは彼を息子のように扱う。一方でビルは自分が殺したプリーストを、殺した相手の中で記憶に値する唯一の男として語り、敵としての敬意を残す。父を殺した敵が父を尊敬し、その息子を息子のように扱う。単純な仇討ちの構図にはならない。
後半、物語はアムステルダムとビルの対決を超えて広がる。アイルランド系移民の組織化、タマニーホールとの提携、モンク・マクギンの保安官選出、ビルによるモンク殺害、徴兵暴動、軍の鎮圧。父の仇討ちはニューヨークの混乱の一部となり、最後の決戦も一対一の決着には至らない。北軍の砲艦が両軍を砲撃し、瀕死のビルにアムステルダムがとどめを刺す。報復は成し遂げられるものの決着の形は曖昧である。
鑑定報告(Ver 1.4基準)
※採点基準の概要は「リベンジ映画鑑定要領(概要)」をご覧ください。
| 1 不条理(過失相殺) | 2/5 |
| 2 喪失(損害規模) | 3/5 |
| 3 被侮蔑(ナメられ) | 3/5 |
| 4 報復対象(安定性) | 4/5 |
| 5 敵の悪(邪悪性) | 3/5 |
| 6 後味(生存希望) | 3/5 |
| 7 配役(適正顔) | 5/5 |
| 8 演技(感情伝達) | 5/5 |
| 9 演出(爆発の美学) | 4/5 |
| 10 伏線回収(因果応報の設計) | 4/5 |
| 11 倫理の納得感(観客同調) | 3/5 |
| 12 敵の歯ごたえ(障害強度) | 5/5 |
| 基礎点合計(1〜12) | 44/60 |
基礎点の根拠
1 不条理:2/5
父プリーストはデッド・ラビッツの首領で、ビルが率いるネイティヴ派との武装抗争でビルに殺される。発端はギャング同士の戦争であり、平穏な日常を侵された喪失ではない。
2 喪失:3/5
アムステルダムは父プリーストを失い、矯正院に送られて16年を奪われる。映画はその間を厚く描かないため、喪失の中心は父の死に置かれる。
3 被侮蔑:3/5
ビルはアムステルダムの正体を知ったあと、公衆の面前で頬を焼き、殺すに値しない者として生かす。プリーストの息子に恥をかかせる処遇である。ただしビルはアムステルダムを弟子として遇してきており、父プリーストを敵として認めてもいた。最初から無価値扱いされていたわけではない。
4 報復対象:4/5
報復対象は最後までビル・ザ・ブッチャー一人で、誤認も代替標的化もない。ただし後半は移民組織化、選挙工作、徴兵暴動が入り込み、復讐そのものから離れた場面が長く続く。
5 敵の悪:3/5
ビル・ザ・ブッチャーは暴力と恐怖でファイブ・ポインツを支配し、アイルランド系移民を排除し、ボス・トゥイードのタマニーホールとも結託する。だが父プリーストの死は武装ギャングの首領同士の戦闘における決着であり、無抵抗者への一方的加害ではない。情状酌量の余地のない悪として描かれているわけではない。
6 後味:3/5
アムステルダムは生き残り、仇討ちを果たす。ジェニー・エヴァディーン(キャメロン・ディアス)も生存する。だがファイブ・ポインツは徴兵暴動と砲撃で焼かれ、多数の死者が出る。
7 配役:5/5
ダニエル・デイ=ルイス、レオナルド・ディカプリオ、キャメロン・ディアス、リーアム・ニーソン、ジム・ブロードベント、ブレンダン・グリーソン、ヘンリー・トーマス。主役級の顔ぶれが揃う。とくにダニエル・デイ=ルイスはファイブ・ポインツの支配者としての風格が際立っている。
8 演技:5/5
ダニエル・デイ=ルイスのビルに逆らえるものはいないだろう。レオナルド・ディカプリオは、父の死を抱えてビルに近づく若者を、屈服と憎悪の間で演じる。キャメロン・ディアスのジェニーは、ファイブ・ポインツで生き延びてきた女のしたたかさを保つ。リーアム・ニーソンは短い出番だが、プリーストとしての威厳を残す。
9 演出:4/5
冒頭の抗争、ビルの登場、ビルが精肉店で内臓の急所を語る場面、星条旗を身にまとってプリーストを偲ぶ追悼演説、アムステルダムの正体露見と頬を切られる場面。見せ場は揃う。だが復讐の瞬間に絞ると、決闘の直前で北軍の砲撃が始まり、二人の対決は砲撃の中で進む。執行の頂点に向けて演出を集中させる作りではない。
10 伏線回収:4/5
父の形見のナイフが復讐の刃となる。プリーストがビルを殺さずに生かして恥をかかせた過去があり、その同じ仕打ちをビルがアムステルダムに返す構造もある。ただし終盤は徴兵暴動と艦隊の砲撃で大混乱になり伏線の効きが鈍る。
11 倫理の納得感:3/5
父を殺された息子の仇討ちという動機は明確である。だがアムステルダムの行動には、ビルへの復讐以外の暴力も混じる。シャング一味での河川強盗、警官ハッピー・ジャックの殺害、政治工作、徴兵暴動への合流。復讐の筋は通るが、アムステルダム自身もファイブ・ポインツの暴力を使う側になっていくが、本作はギャング同士の抗争であるため暴力に対する倫理のハードルは低い。
12 敵の歯ごたえ:5/5
ビル・ザ・ブッチャーはナイフの技術、配下の組織、タマニーホールとの結びつき、ファイブ・ポインツを支配する実力は並のものではない。満を持してビルにナイフを投げるが、かわされて逆に刺されて取り押さえられる。正面から挑んで簡単に倒せる相手ではない。
13 決着成立度(倍率): ×3
最終局面でビルは北軍の砲艦による砲撃で深手を負い、瀕死の状態でアムステルダムに刺される。報復対象に対する報いは成立しており、とどめを刺すのもアムステルダム自身の手である。だがビルを瀕死に追い込んだのは復讐者の設計や仕込みではなく、北軍の砲撃である。決着はアムステルダムの手によるが、介錯に近いものがある。よってその明瞭さには留保が残る。
最終鑑定点:132/300(基礎点合計×決着成立度)
格付け:D級(不発)
総評
本作の根本的な問題は、復讐者よりも敵のほうが映画を支配していることにある。ダニエル・デイ=ルイスのビル・ザ・ブッチャーが推進力となって物語を進める。レオナルド・ディカプリオのアムステルダムは、ビルの懐に入ってからは敵の弟子として動き、復讐者としての存在感が弱い。リベンジ映画は復讐者の積み上げた執念で観客を引っ張るジャンルだが、本作は敵の魅力で観客を引っ張る。当然カタルシスに必要な燃料の積み上げも不足し、執行の瞬間もなし崩しである
。
父プリーストの死に方も復讐の燃料を弱める。プリーストはギャングの首領として武装抗争に出向き、決闘の作法に則ってビルと正面から戦って負けた。卑怯かつ一方的な襲撃で殺された父ではない。しかもビルは尊敬する男としてプリーストを称えている。これでは仇討ちの起点に怨恨が積み上がりにくい。
物語が後半で都市誕生史へ広がるのは、スコセッシの主題から見れば必然である。だが鑑定所の物差しでは、復讐の焦点が散らされる時間が長いほど執行カタルシスは弱くなる。最後の決戦も砲撃に巻き込まれ、アムステルダムのとどめのひと刺しは瀕死の敵への介錯だ。父プリーストがビルに残したものは生かされた屈辱であり、ビルがアムステルダムに残したのも頬の傷と生かされた屈辱である。仕打ちの反復としては美しい。だが復讐の決着としては弱い。つまり本作はニューヨーク市のファイブ・ポインツというところでかつて幅をきかせていたギャングたちの悲喜こもごもを描いた歴史叙事詩なのだ。
雑記
レオナルド・ディカプリオが主演のはずが、完全にダニエル・デイ・ルイスの映画になってしまった。父を殺された息子が復讐する映画ではなくて、殺した相手の息子が復讐しに戻ってきてウダウダしているうちにグチャグチャになってしまったという映画だ。ダニエル・デイ・ルイスがアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされたわけだ。レオナルド・ディカプリオ的には決着の弱さということもあろうが、いまいちぱっとしない役柄というのも不運だったか。ていうか、あのタイミングでナイフを投げてしかも跳ね返されて、ナイフが失敗したからピストルを取り出して撃とうとしたけど逆にナイフが飛んできて返り討ちにされるというレオナルド・ディカプリオらしからぬみっともないシーンが印象的な映画だ。ナイフにこだわりたい気持ちはわからんでもないが、最初からピストルで撃てばよかったのに。

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