作品情報
| 邦題 | 手紙は憶えている |
| 原題 | Remember |
| 公開年 | 2015 |
| 製作国 | カナダ・ドイツ |
| 監督/脚本 | アトム・エゴヤン/ベンジャミン・オーガスト |
| 出演 | クリストファー・プラマー、マーティン・ランドー、ブルーノ・ガンツ、ユルゲン・プロホノフ |
概要
『手紙は憶えている』は、アウシュヴィッツからの生還者マックス・ローゼンバウムが、収容所で自分の家族を殺した二人の元ナチに復讐する映画だ。主役は認知症の老人ゼヴ・グットマンである。お膳立てをしたのはマックスだ。脚が不自由で動けないマックスは、同じ老人ホームにやってきた認知症だが体は動くゼヴに指示書を渡し、ゼヴはその指示書に従って犯人捜しの旅に出る。犯人と目される候補は4人だ。1人目はナチの軍人だがアウシュビッツにはいなかった。2人目は同性愛者がばれて収監された被害者だった。3人目は既に他界しており、しかも年齢的に別人だった。その他界済みの男の息子とトラブルになるがなんとか切り抜け、最後の4人目を訪問し、そこで衝撃の事実を知ることになる。
鑑定報告(Ver 1.4基準)
※採点基準の概要は「リベンジ映画鑑定要領(概要)」をご覧ください。
| 1 不条理(過失相殺) | 5/5 |
| 2 喪失(損害規模) | 5/5 |
| 3 被侮蔑(ナメられ) | 5/5 |
| 4 報復対象(安定性) | 5/5 |
| 5 敵の悪(邪悪性) | 5/5 |
| 6 後味(生存希望) | 3/5 |
| 7 配役(適正顔) | 5/5 |
| 8 演技(感情伝達) | 5/5 |
| 9 演出(爆発の美学) | 4/5 |
| 10 伏線回収(因果応報の設計) | 5/5 |
| 11 倫理の納得感(観客同調) | 3/5 |
| 12 敵の歯ごたえ(障害強度) | 3/5 |
| 基礎点合計(1〜12) | 52/60 |
基礎点の根拠
1 不条理:5/5
マックスの家族はユダヤ人という理由でヴァリッシュとシュトゥルムという二人の男に殺された。つまりホロコーストの被害者である。さらに犯人の二人は戦後、アウシュビッツに収容されていたユダヤ人として身分を偽装してアメリカに渡って生き延びたクズである。
2 喪失:5/5
マックスはホロコーストで家族を殺された。しかも加害者は裁かれもせずにナチスの被害者面をして生き続けた。失われた家族は戻らず喪失は壊滅的である。
3 被侮蔑:5/5
ヴァリッシュとシュトゥルムは収容所で人を殺しただけではない。戦後は囚人番号を利用し、アウシュビッツから生還したユダヤ人として身分を偽った。マックスにとっては家族を殺した加害者が被害者面をして家庭を作り長生きするという二重の侮辱である。
4 報復対象:5/5
報復対象はヴァリッシュとシュトゥルムの二人である。観客とゼヴには真相が伏せられているが、マックスの中では最初から最後まで定まっている。
5 敵の悪:5/5
ヴァリッシュとシュトゥルムはアウシュヴィッツのブロックフューラーであり、マックスの家族を殺している。さらに戦後は身分を偽り、被害者を装って生き延びた。ホロコーストの悪は最大級だ。
6 後味:3/5
マックスの復讐は完遂する。シュトゥルムは射殺され、ヴァリッシュも自分の正体を思い出して自殺する。だが、残された家族は、自分の父や夫がナチの被害者ではなく、実は加害者側だったという衝撃的な事実を突きつけられることになる。
7 配役:5/5
主役のクリストファー・プラマーは最後まで保護されるべき善き老人として見られる必要があるが、役作りではない部分が大きいように見えるが、そういう意味でははまり役と言える。
8 演技:5/5
目が覚めて自分の置かれている状況が分からなくなっているゼヴの不安といらだち、マックスがゼヴを見るときの目つき、ゼヴが指示通りに行動できるのかどうかの不安、語らずとも伝えるベテランの凄みだ。
9 演出:4/5
本作は派手な執行映画ではない。指示書の確認、電話、移動を繰り返し、遠回りしながらも確実に最終目標に近づいていく。終盤の反転はよくできている。マックスの復讐が完遂するその瞬間は爆発的な高揚させる演出ではなく、銃を向けられたシュトゥルムが家族の前で自分の過去を告白して見るものに衝撃を与える。
10 伏線回収:4/5
ゼヴが毎朝忘れること、マックスの手紙に従って動くこと、囚人番号、ルディ・カーランダーという名前の反復、ピアノ、ゼヴという名の意味それぞれがラストで回収される。
11 倫理の納得感:3/5
マックスがヴァリッシュとシュトゥルムに復讐する理由は明確である。家族を殺され、加害者が被害者を装って生き延び、その怒りは最大級だ。だが、マックスはゼヴが認知症であることを利用して殺人と自殺へ向かわせる。さらに本来の報復対象ではないナチかぶれの警察官ジョンとその飼い犬も死ぬ。復讐の筋は通るが完全に納得できるものではない。
12 敵の歯ごたえ:3/5
現在の対決だけを見れば、シュトゥルムもヴァリッシュも肉体的な難敵ではない。だが二人は、70年にわたって身分を偽り、特定を逃れてきた。マックスは車椅子で動けず、シュトゥルムへ到達するには、認知症のゼヴを騙して使うしかない。つまり到達の難しさが歯ごたえとなる。
13 決着成立度(倍率): ×5
マックスの復讐として決着は理想的である。マックスは直接手を下さないが、手紙でゼヴを動かして加害者二人を向き合わせることに成功する。シュトゥルムはゼヴに撃たれ、ゼヴは自分の正体を思い出して命を絶つ。
最終鑑定点:260/300(基礎点合計×決着成立度)
格付け:A級(特級)
総評
『手紙は憶えている』は、アウシュビッツからの生還者で、ナチに家族を殺されたマックスが、同じホームにやってきた認知症の老人ゼヴ動かして犯人に復讐するという遠隔執行どんでん返し型リベンジである。
当初の被害者(マックスとゼヴ)、計画(マックス)、実行役(ゼヴ)、報復対象(オットーヴァリッシュ)という構図が最後に崩壊し、真相が明らかになるどんでん返しが鮮やかだ。ゼヴは自分を被害者だと思い込み、マックスとゼヴの家族を殺したナチの生き残りを探す旅に出る。同姓同名の候補が4人。1人目2人目3人目と訪問して、最後4人目のシュトゥルムを追い詰めて家族の前で正体を自白させるが、シュトゥルム同様に自分自身も加害者だったと指摘され、疑いようのない証拠も突きつけられ、あまりの衝撃に頭を撃って自殺してしまう。執行カタルシス型リベンジ映画的には静かで見た目の派手さは無い。だが、マックスに出来る復讐としてはこれ以上のものはない。派手さはないが観客的には衝撃的な決着の付き方だ。
雑記
そもそもの大前提として、国外逃亡中の殺人がらみのナチ残党は時効が無いので今でも証拠が集まればドイツで裁くことができるし、訴追可能な生存者を探す機関も活動している。ただ、発見して証拠が十分にあったとしても、かなりの高齢だから裁判している猶予はないということでマックスは私刑することにしたということだ。そのくらいドイツはナチ関連に関しては日本と違って徹底的なのだ。
ゼヴが2人目のオットーヴァリッシュに会った施設でピアノを弾くシーンがあるが、その時点ではメンデルスゾーンとマイアベーアとモシュコフスキが最高の作曲家だと言っていた。3人ともユダヤ系だ。だが、4人目最後のオットーヴァリッシュの家でワーグナーを弾き、私のお気に入りの作曲家だと言う。だが、収容所の生存者ならワーグナーは好まないはずだと(ワーグナーは反ユダヤ主義者)。その時点でゼヴの中にある自分はナチであったという記憶が顕在化するあと一歩のところまで来てたのだと思う。言語化出来ないけど、体は憶えているみたいな状態だ。マックスにネチネチと当時の話を聞かされ、1人目のオットーヴァリッシュに会い、2人目に会い、3人目は死んでいたけどその息子の家で事件があり、そして4人目のオットーヴァリッシュ(仮)から衝撃的な事実を突きつけられ、封印していた記憶が漏れ出してしまったと。病院から出てホテルの部屋でマックスと電話するシーンがあるが、話しながらドアに貼ってある避難経路図をじっと見ているのは、逃げなければならなくなった当時の記憶がオーバーラップしているのか、それとも当時の収容所の見取り図に似ていたのか。ちなみに『コリーニ事件』という映画も同じテーマだが、ある男が犯した殺人の理由が徐々に明らかになる、ある意味この映画とは逆の展開だ。
ところで、自分が昔住んでいた港町では、年寄りが行方不明になると『こちらは○○市役所です、本日何時頃、○○町の○○さんがいなくなりました、こんな恰好です、見かけたら連絡ください』的な放送が流れる仕組みになっていた。結構な頻度で聞こえた記憶がある。たぶん津波対策で街のあちこちにスピーカーがあったから出来たことなんだろうし、誰かしら知っているであろう田舎ならではだが、実にアナログで合理的だなと思った。今は多分やってないだろう。あと、認知症で思い出すのが清水義範氏の『国語入試問題必勝法』という短編集にある『靄の中の終章』だ。妻を亡くして急速にボケていく老人とその息子夫婦と町内会長の会話は傑作だと思う。

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