殺しの分け前 ポイント・ブランク

アメリカ
邦題殺しの分け前 ポイント・ブランク
原題Point Blank
公開年1967
製作国アメリカ
監督ジョン・ブアマン
主演リー・マーヴィン

概要

『殺しの分け前 ポイント・ブランク』は、リベンジ映画ではある。だが、気持ちよく報復が決まり、因果応報がきれいに回収されるタイプの復讐映画ではない。むしろ本作は、裏切られた男の執念を素材にした前衛ノワールであり、復讐の快感よりも、異様な空気と悪夢のような構造で見せる映画である。

まず先に認定すべきは、この映画の根幹には実際に脚本上の雑さがある、ということだ。とりわけ大きいのは、93,000ドルの金の流れである。映画では、アルカトラズ島の現金は「組織」自身のキャッシュ・ドロップであり、マル・リースはその金を奪って組織への借金返済に使ったことになる。これは要するに、債権者の財布から盗んだ金で債権者に返済した、という循環である。理屈としてかなり苦しい。ここは観客の誤読ではなく、構造的な弱点として先に認定すべきである。

しかも、この不自然さは原作にはない。原作『悪党パーカー/人狩り』では、強奪対象は第三者の違法武器取引資金であり、そこから持ち逃げした金で組織への借金を返すので、犯罪ロジック自体は通っている。つまり映画版の奇妙さは、原作がもともと持っていた整合性を、脚色段階で崩したことによって生じている。その意味で、本作の異様さはまず脚本上の穴として見るべきであり、高級な解釈で先に免罪してはならない。

そのうえで、それでもなお、この映画には不気味な魅力がある。ヨストの存在である。ヨストは単なる案内役ではなく、終盤まで行くと、ウォーカーの執念を利用しながら組織内部を整理していく影の中心人物に見えてくる。ここを押さえると、本作はウォーカーの一直線の復讐劇ではなく、ウォーカーという破壊装置を使ったヨスト=フェアファックスの社内整理映画の側面を帯びる。もっとも、だからといって最初からすべてがヨストの完璧な筋書きだったとまでは言いにくい。マル・リースの裏切りとウォーカー銃撃まではリース主導であり、ヨストは生還したウォーカーを後から利用した、と見るのが最も自然である。

さらに、本作には「ウォーカーは冒頭で死んでおり、その後は死にゆく男の夢、あるいは亡霊譚なのではないか」という読みも強くつきまとう。実際、そのように読めるような台詞や演出は多数ある。敵が都合よく崩れること、ウォーカーが自分の手で鮮やかに殺し切らないこと、ラストで姿を消すことも、その読みに接続できる。だが、この解釈が成立することと、脚本の雑さが消えることは別である。夢オチ的な読みによって不気味さは増すが、それは因果の穴や金勘定の甘さを帳消しにする免罪符にはならない。

要するに本作は、先に脚本の粗さを認め、その上で、結果として企業風刺めいた冷たさや、亡霊譚のような余白が立ち上がっていると見るのが正しい順序である。逆にこの順番を入れ替えて、先に「深い映画だから」と持ち上げると、欠陥を高級に言い換えているだけになってしまう。

映画としての格は高い。リー・マーヴィンの存在感は圧倒的で、ジョン・ブアマンの演出も非常に強い。時間の断絶、色彩、編集、空間感覚は一級品であり、普通の犯罪映画を悪夢のような前衛ノワールへ変えている。だが、リベンジ映画鑑定要領Ver1.3で採点すると、かなり厳しい。骨格が雑で、執行の快感が薄く、決着も虚無に寄るからである。

※採点基準の概要は「リベンジ映画鑑定要領 Ver1.3(概要)」をご覧ください。

1 不条理(被害者の無実性)1/5
2 喪失(奪われたものの重さ)3/5
3 被侮蔑(加害者からの見下し)4/5
4 標的(復讐対象の明確さ)4/5
5 敵の悪(情状酌量の余地)3/5
6 後味(結末のカタルシス)1/5
7 配役(復讐者の説得力)5/5
8 演技(感情の爆発度)4/5
9 演出(執行のスタイリッシュさ)5/5
10 伏線回収(因果応報の納得感)2/5
11 倫理の納得感(観客の同調率)2/5
12 敵の歯ごたえ(難易度と落差)4/5
基礎点合計(1〜12)38/60

基礎点の根拠

1 不条理:1/5

ここはかなり低い。ウォーカーは平穏な日常を生きる一般人ではなく、そもそも強奪犯の一員である。裏社会の仕事の最中に相棒に裏切られたのであって、Ver1.3の過失相殺で見れば自業自得性は強い。不条理はゼロではないが、最低評価に近い。

2 喪失:3/5

奪われたのは93,000ドルの分け前と妻リンであり、そのリンも後に死ぬ。軽い損害ではない。ただし、家族壊滅や生活基盤の完全破壊といった最大級の喪失ではなく、標準的な3が妥当である。

3 被侮蔑:4/5

リースはウォーカーを殺して金も妻も奪い、組織側もウォーカーを厄介な残骸のように扱う。しかも、たかが93,000ドルに執着する男として軽んじられ続ける。このナメられ方はかなり強い。

4 標的:4/5

ここは高めに置ける。表向きはリースへの報復から始まるが、実際にはカーター、ブリュースター、フェアファックスへと顔のある相手に順に迫っていく構図であり、最終的にはヨストの存在が全体の中心に浮かび上がる。単独一点集中の5ではないが、小集団の顔役たちを順に追う復讐としてはかなり明確である。

5 敵の悪:3/5

敵は裏切り、殺し、組織犯罪に手を染める悪党であり、十分に悪い。ただし特級外道というよりは、ノワール標準の悪党の域に留まる。3が自然である。

6 後味:1/5

ここは厳しい。ヨストを重く見るほど、ウォーカーの執念は誰かの社内整理に利用されたように見え、再生も救済もほとんどない。金だけが残され、ウォーカー自身も曖昧なままで終わる。余韻というより虚無であり、1が妥当である。

7 配役:5/5

ここは満点でよい。リー・マーヴィンは立っているだけで復讐者として成立している。顔そのものの威圧感、歩き方、無言の圧力、静止画の説得力は抜群であり、配役としては理想に近い。

8 演技:4/5

ウォーカーの感情は抑え込まれているが、その無機質さ自体が作品の温度になっている。熱演型ではないが、抑制の精度は高い。4でよい。

9 演出:5/5

ここは満点でよい。フラッシュバック、時間のねじれ、サイケデリックな色彩、悪夢のような編集。普通の復讐劇を、現実感の薄い前衛ノワールへ変えている。復讐の爽快感とは別種の魅力だが、映画演出としては非常に強い。

10 伏線回収:2/5

ヨストの役割を加味すると、前半の違和感が後半で一応つながる部分はある。ただし、それが因果応報の快感としてきれいに回収されるわけではない。しかも金のロジックはかなり雑で、根幹の因果設計に穴がある。よって2が妥当である。

11 倫理の納得感:2/5

ここも低い。ウォーカーは犯罪者であり、観客が完全な正義として乗れる人物ではない。裏切られた怒りは理解できるし、スタイルとして支持することはできる。しかし倫理的に「この男に全面的に乗れるか」と問われると厳しい。しかもヨストの存在を重く見るほど、ウォーカーの復讐は正義の回復ではなく、悪党同士の内輪の清算に近づく。2が妥当である。

12 敵の歯ごたえ:4/5

相手は単独の雑魚ではなく、階層を持つ組織であり、護衛や狙撃手も使ってくる。さらにヨストのような見えない中枢が控えていると考えると、単純な個人戦ではない。ウォーカーが一段ずつ上へ食い込んでいく構図なので、障害強度はそこそこ高い。

最終鑑定点:76/300(基礎点合計×執行精度)

格付け:D級(不発)

『殺しの分け前 ポイント・ブランク』は、かなり厄介な作品である。

先に認定すべきなのは、脚本の金勘定と因果の骨格に、実際に雑さがあるということだ。これは難解だから理解しにくいのではなく、原作では成立していたロジックを映画版が崩した結果として生じた構造的な弱点である。夢オチ的な読みや企業風刺的な読みは成立しうるが、それで脚本の粗さが消えるわけではない。

その一方で、映画としては非常に強い。リー・マーヴィンの存在感、ジョン・ブアマンの演出、ヨストを軸にした不気味な構造は一級品である。だから映画史的に高く評価される理由はよくわかる。

だが、リベンジ映画としてはかなり厳しい。発端には自業自得性があり、動機は正義より取り分への執着に寄り、決着の多くは他律的で、ラストは虚無に近い。爽快な復讐のカタルシスは薄い。

76点、D級。不発。

『殺しの分け前 ポイント・ブランク』は、復讐映画ではある。
だが、その本質は復讐の快感ではなく、執念と組織の腐敗を描いた前衛ノワールにある。
ヨストという影の中心人物を押さえると面白さは増すはずだ。
それでもなお、本作のプロットは極めて間抜けであり、リベンジ映画として高く評価するのは難しい。

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