必殺女拳士

邦題必殺女拳士
原題必殺女拳士
公開年1976
製作国日本
監督小平裕
主演志穂美悦子

概要

『必殺女拳士』は、父の無念を晴らす娘の映画である。ただし、復讐の燃料は重くない。桧垣は二階堂とニューヨーク市警の空手の師範のポジションをめぐって争うが、卑怯な手を使う二階堂に敗れ、片目を失う。理不尽ではあるが、家族を奪われるわけでも、生活の土台を失うわけでもない。復讐劇の出発点としては成立するが、怒りを大きく積み上げる型ではない。

この映画は、父の無念を娘が一つずつ晴らしてゆく話にもなっていない。由美のアクションシーンに見どころはあるが、それが父の無念を晴らす戦いにつながっていかない。最終的に二階堂を倒して父親の仇を討つが、見終わって残るのは、復讐が決まった快感より、志穂美悦子と倉田保昭の立ち回りを一通り見せてもらいましたという印象だ。

復讐劇の形は取っているが、執行カタルシス型リベンジ映画としては弱い。志穂美悦子が男たちを倒す場面そのものが最大の見どころだ。

※採点基準の概要は「リベンジ映画鑑定要領(概要)」をご覧ください。

1 不条理(過失相殺)3/5
2 喪失(損害規模)2/5
3 被侮蔑(ナメられ)2/5
4 報復対象(安定性)5/5
5 敵の悪(邪悪性)3/5
6 後味(生存希望)3/5
7 配役(適正顔)4/5
8 演技(感情伝達)3/5
9 演出(爆発の美学)2/5
10 伏線回収(因果応報の設計)2/5
11 倫理の納得感(観客同調)3/5
12 敵の歯ごたえ(障害強度)3/5
基礎点合計(1〜12)35/60

基礎点の根拠

1 不条理:3/5
桧垣は二階堂に卑劣な手を使われて敗れる。理不尽ではあるが、平穏な日常を突然壊される話ではない。空手界の主導権争いの中で潰される話だ。

2 喪失:2/5
桧垣は片目を潰され、ポジション争いにも敗れる。しかし家族を殺されるわけでも、生活基盤が失われるわけでもない。無念は残るが、損害の規模は小さい。

3 被侮蔑:2/5
二階堂は卑劣な手を使うが、桧垣を執拗に見下し、いたぶる話ではない。燃料の主体は侮辱より争いへの敗北にある。

4 報復対象:5/5
由美が報いに向かう相手は最初から最後まで二階堂である。周囲に手下はいるが、中心はぶれない。誰に報いる話なのかは明確だ。

5 敵の悪:3/5
二階堂は仇として不足のない敵だ。ただ、極端な残虐さや底抜けの外道ぶりを見せる人物ではない。

6 後味:3/5
二階堂を倒して父親の敵を取る。ただし大きな解放感が残るわけではない。勝敗はつくが、桧垣の無念まで晴れた感じは弱い。

7 配役:4/5
志穂美悦子の可憐さと運動能力の組み合わせが、この映画最大で唯一の見所だ。男たちの中に一人で入っていく姿はよく映る。存在感だけで復讐の重みを背負い切るところまでは行かないが、見せ場は十分に作っている。

8 演技:3/5
芝居が作品を押し上げるほどではないが、破綻もない。由美の決意も敵側の嫌らしさも一応は伝わる。

9 演出:2/5
戦いの場面は用意されているが、父の敗北から娘の反撃へ向かう流れに厚みがない。そのため由美が敵を倒しても、父親の敵を取ったという実感が薄い。

10 伏線回収:2/5
父から娘への継承という骨格はある。ただ、それが終盤で快感として回収される作りではない。

11 倫理の納得感:3/5
父を潰した相手に娘が報いに行く筋はわかりやすく、無理もない。ただ由美自身が被害を受けた話ではないため、怒りが観客の実感として高まり切らない。

12 敵の歯ごたえ:3/5
剛武館には人数もいて、由美が立ち向かう相手としての体裁は整っている。ただ、由美がかなり強いということもあり、二階堂一派が圧力のある難敵として立ちはだかるような感じではない。

最終鑑定点:105/300(基礎点合計×決着成立度)

格付け:D級(不発)

『必殺女拳士』は、報復対象の明確さだけははっきりしている。しかし喪失が小さく、侮辱の燃料も強くない。その結果、由美の戦いが父の無念を返していく復讐劇として燃料が積み上がらないため、二階堂を倒しても復讐を果たしたという感じが弱い。本作の見どころは、志穂美悦子が男たちを倒していく場面そのものにある。その一点に価値を見いだすなら楽しめる。だが執行カタルシス型リベンジ映画を期待して観てしまうと不発となってしまう。

雑記

女必殺拳と必殺女拳士とややこしいのだが、こっちは少林寺拳法ではなく沖縄空手のほう。

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