作品情報
| 邦題 | ブレイブ ワン |
| 原題 | The Brave One |
| 公開年 | 2007 |
| 製作国 | アメリカ・オーストラリア |
| 監督 | ニール・ジョーダン |
| 主演 | ジョディ・フォスター |
概要
ニューヨークでラジオ番組のパーソナリティをしているエリカ・ベインは、婚約者デイヴィッドと犬を連れて夜の公園を歩いているところを三人組に襲われる。金目のものと犬を奪われ、デイヴィッドは殺され、エリカも瀕死の重傷を負う。事件から三週間ぶりに目覚めるとデヴィッドの葬儀は既に終わっていた。
エリカは退院して自宅に戻るが、暴行事件のトラウマで街を歩けなくなる。警察の捜査も進まず犯人は捕まらない。護身用の銃を買うため銃器店に行くが、申請してから30日かかると言われて店を出る。そしてタイミング良く近づいてきた男から違法に拳銃を買う。たまたま立ち寄った店で鉢合わせた強盗の射殺を皮切りに、地下鉄でナイフを突きつけて絡んできた男二人組を射殺、買春目的で少女を車に乗せていた男も射殺、妻殺害容疑でマーサー刑事が追うが逮捕できていないマロウにはエリカが自ら接近して殺害、合計五人。店内で鉢合わせした強盗と地下鉄車内の二人は自己防衛と見えないことも無いが、買春男と妻殺害容疑のマロウは明らかにエリカ自らの意思による殺害だ。終盤は自分らを襲った犯人達に奪われた婚約指輪が質入れされたのををきっかけにして襲撃犯へたどり着く。二人を射殺して、残すはあとひとりだが……。
鑑定報告(Ver 1.4基準)
※採点基準の概要は「リベンジ映画鑑定要領(概要)」をご覧ください。
| 1 不条理(過失相殺) | 5/5 |
| 2 喪失(損害規模) | 5/5 |
| 3 被侮蔑(ナメられ) | 5/5 |
| 4 報復対象(安定性) | 3/5 |
| 5 敵の悪(邪悪性) | 4/5 |
| 6 後味(生存希望) | 3/5 |
| 7 配役(適正顔) | 5/5 |
| 8 演技(感情伝達) | 5/5 |
| 9 演出(爆発の美学) | 4/5 |
| 10 伏線回収(因果応報の設計) | 3/5 |
| 11 倫理の納得感(観客同調) | 3/5 |
| 12 敵の歯ごたえ(障害強度) | 3/5 |
| 基礎点合計(1〜12) | 48/60 |
基礎点の根拠
1 不条理:5/5
エリカとデイヴィッドは、犬を連れて夜の公園を歩いていただけで三人組に襲われる。犬を放していたことに因縁を付けられ、金目のものと犬を奪われ、袋だたきにされ病院に運ばれたがデイヴィッドは死亡、エリカも瀕死の重傷を負う。
2 喪失:5/5
エリカは婚約者を殺され、自分も重傷を負う。結婚を控えた生活は壊れる。さらに、街を歩き、街の音を録音してラジオで語っていた彼女が、銃なしに街を歩けなくなる。
3 被侮蔑:5/5
三人組はエリカとデイヴィッドを痛めつけ、その様子を笑いながら撮影する。婚約指輪と犬も奪う。暴力を遊びにし、被害者の苦痛まで記録するなど侮蔑度は甚だしい。
4 報復対象:3/5
報復対象は、デイヴィッドを殺して自分に瀕死の重傷を負わせた三人組である。終盤ではその相手に辿り着く。だが中盤のエリカは、直接の加害者ではない犯罪者を自警団的に殺す。復讐の焦点は別の犯罪者たちへ広がってしまうものの、最後は本丸にたどり着く。
5 敵の悪:4/5
三人組はデイヴィッドを殺し、エリカを瀕死にし、犯行を撮影して金銭や指輪と犬を奪う強盗殺人だ。悪質度は高い。ただし、長期支配や組織犯罪のような広がりはなく、敵としての犯罪の規模は限定的である。
6 後味:3/5
エリカは生き残り、犬を取り戻し、自分らを襲った3人組にはとどめを刺す。だが、エリカは自警団的な活動で複数人を殺しており、マーサー刑事もエリカの犯行を隠蔽する。復讐は成し遂げられた割には後味が良いとは言えない。
7 配役:5/5
ジョディ・フォスターは、ラジオで街を語る知的な女と、拳銃を握って犯罪者に制裁を加える女の落差を同じ人物として見せられる。
8 演技:5/5
ジョディ・フォスターは、襲撃後の恐怖、銃を手にした後の変化、マーサー刑事の前で嘘を抱える緊張を見せる。また、事件後の番組で心の内をマイクに向かって淡々と語る彼女の語り口や横顔は凄みすら感じさせる。テレンス・ハワードも、刑事としてエリカを疑いながら、最後には法を曲げる側へ踏み込む変化を出している。二人の演技力によりこの映画は単なる処刑映画にはならない。
9 演出:4/5
夜のニューヨーク、ラジオに届く市民の声、街を歩くエリカの姿を使い、自警殺人を都市の不安と結びつけている。悪人を殺すことへの賛否がラジオ番組に流れ込み、エリカ個人の怒りが世間の反応と重なる。復讐の瞬間を派手に見せることが目的の映画ではない。
10 伏線回収:3/5
婚約指輪、犬、犯行動画によって、エリカは暴行事件の加害者に辿り着く。終盤へ向かう道筋は用意されている。だが、奪われた犬が犯人側のもとに残っていることや、犯人の元恋人が被害者本人へ犯行動画を送ること、地下鉄の事件では目撃者がいることなど複数の事件を全て三人組の犯行として処理するのは無理がある。回収はあるが、自然な因果としては弱い。
11 倫理の納得感:3/5
エリカが自分たちに暴行し婚約者を殺害し金品を奪った相手に報復することに違和感はない。だが、暴行事件とは無関係の犯罪者まで殺害するという自警団的活動には疑問がある。さらに終盤では、親しい相手が犯罪を犯しても逮捕すると断言していたマーサー刑事が一転して犯行の偽装にも加担するなど、素直に納得しにくい部分もある。
12 敵の歯ごたえ:3/5
三人組は組織や権力を持つ敵ではない。だが、最初の襲撃でデイヴィッドを殺し、エリカを瀕死にしている。終盤でも銃を持って現れ、エリカとマーサーを巻き込んだ対決になる。復讐対象として特別に手強いわけではないが、最後の相手としては標準の障害になる。
13 決着成立度(倍率): ×4
エリカは直接の加害者に辿り着き、3人全員に復讐は果たされた。だが、最後の相手にとどめを刺す銃はマーサーが渡した警察官の銃で、最終的な証拠偽装もマーサーが行う。復讐者自身の意思と行為による決着だが、最後の場面はマーサー刑事の協力に大きく依存している。
最終鑑定点:192/300(基礎点合計×決着成立度)
格付け:C級(佳作)
総評
『ブレイブ ワン』は、ジョディ・フォスター版『デス・ウィッシュ』だ。婚約者を殺されたエリカが銃を持ち、街で出会った犯罪者を殺害。ラジオ番組には市民の声が流れ、自警殺人を許すのか、許さないのか賛否両論だ。構造は『狼よさらば』に近い。
『狼よさらば』と決定的に違うのは本来撃つべき敵と倒したか倒してないかだ。狼よさらばのポール・カージーは、街の犯罪者を撃つ方向へ進んだまま戻ってこない。『ブレイブ ワン』は、街の犯罪者を始末していくが、最終的にデイヴィッドを殺した三人組との決着に戻ってくる。この違いは復讐映画として大きい。
その一方で、本来の復讐相手にたどり着く方法に無理矢理感がある。襲撃時にさらわれた飼い犬が犯人側のもとに残っていること、犯人の元恋人がエリカに犯行動画を送ること、目撃者のいる地下鉄事件まで三人組に犯行をかぶせる筋書きには無理がある。『狼よさらば』とは違う映画にするためには、どうしてもエリカを本来の標的にたどり着かせる必要があり、そのために強引に辻褄を合わせた感が残る。また、マーサー刑事の銃と偽装がなければ、あの形では終われない。親しかったものでも犯罪者は逮捕すると言う法を守る側だった刑事が、恐らくエリカにに対する牽制の意味もあったのかもしれないが、最後はエリカの復讐をアシストする。自分に対して救いを求めてくるエリカに対する理解と、刑事としての倫理の狭間で葛藤しつつも最後は観客に寄り添ったマーサー刑事の判断は執行カタルシス型リベンジ映画としては悪くない。
雑記
デス・ウィッシュ(邦題『狼よさらば』)のリメイクじゃんと思うのだが、調べてみるとジョディ・フォスターはそう言われるのは心外らしい。あんな映画と一緒にしないでくれと言ったかどうかは知らないが笑。確かに主人公エリカやマーサー刑事の内面や背景描写はよく描かれていると思う。かたやデス・ウィッシュのポール・カージーは何を考えているか分からない。おれの顔を見ろと。で、悪いヤツをひとり殺してみたら案外悪くねえなと、そのうち悪人をおびき寄せて射殺するという大胆な行動を取るようになる。結果街の犯罪件数が減り、街の人々は自警団活動に理解を示す。警察も捜査してポール・カージーが犯人と結論づけるが犯罪件数の減少や街の人々の支持もありいかんともしがたい。落とし所は犯行は見逃すから街を出て行けと。
本作ブレイブ ワンはそういう意味では狼よさらばとは違う。違うけど、ポール・カージーのほうがそういう意味ではわかりやすい。自分の妻を殺して娘を廃人にした犯人探しはせずに自警団活動に勤しむからだ。エリカはどうだろう。街を歩くのが怖くなって銃を買った。入った店で銃を持ったヤツと戦う羽目になり勝利した。初めての殺人に震えている。地下鉄車内でナイフを突きつけてきた相手を射殺した。ナイフを突きつけてきた時点で既に銃を隠していつでも撃てるようにしている。射殺した後にエリカはこう言う『降りればよかった、銃で威嚇するだけで良かったのに、手が震えてない、なぜ誰も止めないの?』と。そしてエリカは夜の街を獲物を求めてうろつく。売春婦のふりをして買春男の車に近づき、後席にいる少女を帰して私が相手してやるという。もはややる気満々である。そして、やはり警察は役に立たないことを再認識。警察が逮捕できないマロウに詰め寄り負傷するが、頭突きで反撃、バロウは高所から落下して死亡。そして本丸の3人に対する復讐へという流れだ。
復讐心からスタートしてエスカレートしたポール・カージーと、護身からエスカレートしたエリカでは意味が違うと言われれば違う、犯行を重ねていくエリカの変化も本作は丁寧に描いている。エンディングも違う。チャールズ・ブロンソンとジョディ・フォスターの違いは大きい。でも映画としてはやはり狼よさらばのリメイクにしか見えないし、それならば自警団活動の是非に特化した狼よさらばのほうが潔いと思う。


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